自分の美しさ、まだ知らないの?
「……ん?」
ふと目を覚ますと、脳の中に妙なもやがかかっているような、奇妙な感覚を覚えた。
なんだろう。なんだか、ついさっきまで酷く長い夢を見ていたような、そんな感覚。
違和感を感じながらも、俺は布団から出るべく、体を起こす。
すると、ゴンッと硬い音が響いた。
それと共に、頭に衝撃と鈍痛が走る。
何かと思って上を見上げると、それは何てことのない、あって当たり前のものがあった。
そこには、二段ベットの上の方、その裏側があった。
上には、俺と同じ実験体である23番が眠っている。
不思議だ。なんで俺は今更、こんなものに頭をぶつけたんだろうか。
「うるせぇな、なんだよ朝っぱらから……」
すると、先ほどの音で起きてしまったらしい23番が、上のベッドから俺の方を覗き込んできた。
ここには窓が無いのでわからないが、時計を見ると確かに、午前の6時を指していた。
彼の方に目を向けたが、前と同じく照明による逆光で、その顔はよく見えなかった。
……待て、前と同じ?
こんな光景、前に見たか?
デジャヴ、というやつだろうか。
「おいどうしたニッパー、大丈夫か?」
「ああ、悪い。どうも変な夢を見ていたみたいでな」
奇妙な感覚を感じながらも、俺は訝しんでる23番にそう答えた。
すると彼は、「へえ」と意外そうな声を上げる。
「意外だな。お前も夢を見るのか」
「そりゃあ見ることもあるさ。寝るっていうのはそういうもんだろ」
「どんな夢だったんだ?」
俺は23番のそんな問いに答えようとして、しかし言葉に詰まってしまった。
夢の内容が、思い出せないのだ。
思い出そうとしても、まるでその記憶から締め出されてるみたいに、その断片すら出てこない。
「……悪い、内容は忘れた」
「なんだ、つまらん。まぁ、夢なんてそんなもんか」
そう嘆息して、23番は再びベッドに戻った。
夢の内容なんて忘れるのが常だし、気にすることでもないだろう。
23番の言う通り、夢なんてそんなものなのだ。
しかし、なんだろうか。
何か、見落としてはいけないものを見落としているような、そんな感じがする。
そんなことを考えていると、部屋にブザーの音が響いた。
誰か、来客が来たのだ。
「入るわよ、28番」
すると、そんな言葉と共に、ドアが開いた。
声の主は、俺もよく知っているここの職員。
「あら、起きてたのね。感心感心」
そう言って、桂木シズクは微笑んで見せた。
相変わらずの寝ぐせが、彼女が昨日も夜更かしして研究に没頭していたことを物語っている。
「なんだよ、ニッパー。今日はシズクちゃんとデートの日かよ」
「げ……アナタも起きてたのね、23番」
ベッドでからかうように宣う23番に対して、シズクは嫌がるような顔をしつつも、俺に顔を向き直した。
「まあ、そんなことはどうでもいいわ。28番、今日はアクチュエータのテストをやるから。忘れてないわよね?」
「……なあそれ、前にやらなかったか?」
俺がそう言うと、シズクは不思議そうな顔をして、口を開く。
「何言ってんのよ、今日が初めてよ?」
「……そうか」
やはりデジャヴだろうか。
今日は、なんだか不思議だ。
起きてからずっと、こんな違和感が続いている。
「よくわからないけど、まあとりあえず行きましょ?」
「あぁ、わかった……」
シズクに促されるまま、俺は彼女と共に部屋を出た。
「後で具合がどんなだったか教えてくれよ、ニッパー!」
そんな23番の声が、聞こえた気がした。
それを背に、俺たちは実験場に向けて歩き出す。
「まったく、あの人の下品さには参るわ」
シズクはそんなことを呟いたが、俺はそれに答えることをしなかった。
別のことを考えていた。
今日は何だか、変だ。
ずっと、夢でも見ているような感覚に襲われている。
「どうしたの?」
「ああ、いや、何でもない」
思わずそんな風に取繕って、何事もなかったかのように歩を進める。
そこからは、特に代わり映えのしない会話を続けた。
最近はどんな本を読んだのか、と聞かれたり。
逆にシズクが、ここの映画は全然更新されないから、ヘビーローテーションするのももううんざりだ、とか。
そんな、まるで焼き増ししたみたいな会話。
そう、本当に焼き増しした、どころか、以前やった会話をそのままコピーしたような、そんな内容の会話だった。
あまりにデジャヴが多い。
これは、精密検査を受けた方がいいかもしれないな。
現に今も、よくわからない謎の感覚に襲われている。
なんだろう、まるで自分がここに居ちゃいけないような。
自分という存在が随分とあやふやになっているような。
そんな――
『ニッパー、『私』は誰だ?』
「ッ……!?」
突然、そんな言葉が脳によぎった。
誰の言葉だ?
誰の声だ?
思い出せない。
この記憶は、なんだ?
「28番?」
すると、俺の様子を見て不審がったのだろうシズクが、俺の顔を覗き込む。
「……なあ、聞いていいか」
「どうしたの?」
「俺は、誰だ?」
ほとんど無意識に、俺はそんなことを口走っていた。
すぐに何を言ってるんだと後悔した。
こんな無意味な質問をしても、シズクを困らせるだけだろうに。
「……28番、アナタは何をしたい?」
「え?」
しかし予想とは違って、シズクは淀みなくそう答えた。
少し意外だったその反応に、俺はそんな声を出してしまう。
「私は、自分が誰かなんて考えたことはない。それに答えが出ようが出まいが、自分の存在定義が変わるわけじゃないなら、意味がないもの」
けれど――
そう言って、彼女は続ける。
「それでどう動くかを決めたいというのであれば、自分の欲の方向を明確にすればいいと私は思うの」
「欲の、先?」
「そう、つまり、自分のしたいこと。考えたこと、ない?」
そう聞かれて、俺は言葉に詰まってしまった。
自分の欲の方向、したいこと。
考えたこともなかった。
だって――
「けれど俺は、兵器の部品だ。そうなるよう、造られていった」
そんなことを考える前に、自分の役割を与えられた。
それを全うするのだと、それが全てだと、今でも思っている。
「……そのままでいいと、本当に思っている?」
シズクは数秒間をおいて、そんなこと聞いてきた。
なぜか、俺は彼女の顔を見れず、俯いて口を開いた。
「わからない。そんなことを考える前に、墜ちて死ぬと思っていたから」
「でもまだ生きている。なら考えなきゃ」
「見つからなかったら? そんなこと、どう考えればいいのかすら、わからない……」
焦燥のようなものが頭に募ってゆく。
なぜか、この答えが出ないことに、酷く焦っている自分がいる。
キミなら、どうする?
なんて答える?
俺はそれを聞きたくて、思わず彼女に顔を向けた。
「じゃあ、ライカはどうなんだ? キミはもう答えを、知って……」
……待て。
今、シズクに対して俺、なんて言った?
「……私のしたいことは、ひとつだけ。それ以外はどうでもいい」
そう言って、彼女は続けた。
「どんな場所でも、アナタの傍に居させて」
瞬間、けたたましいサイレンの音が、建物中に響いた。
「……来た。しつこいんだ、アイツ」
『彼女』はどこか明後日の方向を向いて、無感情にそんなことを呟く。
すると、すぐに俺の方に向き直して、続けた。
「ほら、もう起きなきゃ」
サイレンの大音量の中でも、『彼女』の抑揚がなく、けれどどこか優しい気のする声は、耳によく通った。
「大丈夫、私はちゃんと、近くにいるから」
そう言う彼女の顔を、俺はなぜか認識できなかった。
できないのに、微笑んでいるということは、不思議とわかった。
「また、あとでね。『――』」
そして、彼女は俺を呼んだ。
ニッパーでもない。管理番号28番でもない。
それは過去に捨てられたはずの、俺の名前だった。
目を開ける。
それと同時に状況を把握する。
アルド教会の宿泊部屋。
暗闇に包まれたその部屋を、無遠慮に爆音のサイレンが鳴り響いていた。
「ランバー……」
その音が意味するものは、避難勧告。
難民区域に、ランバーが出現したことを意味するものだった。
「天使様だ」
「天使様が来た!」
「おぉ、天使様!」
すると、ドア越しの足音と共に、そんな声が聞こえた。
考えるまでもなく、教会の信者だろう。
まさかアイツら、わざわざランバーのいる場所に赴こうっていうのか。
「駆藤は?」
手早く着替えを済ませ、ジャケットを羽織り部屋を出る。
駆藤はここにSUを装着してきていた。
であれば、とっくに出撃している可能性が高い。
兎にも角にも、まずは外に出てみなくては。
手ごろな車両があれば、借りて飛行場まで急ぐことが出来る。
ライカにさえ乗れれば、いくらでも迎撃の手段はあるはずだ。
念のため、モニターシステムのモールスでスクランブルする旨を伝えながら、廊下を走る。
外への出口は意外なほどすんなり見つかって、俺は勢いよく外に飛び出た。
上を見上げる。
「あれは……!」
その上空にある二つの物体を見て、俺は思わずそんな声を出した。
ひとつは、SUを装着しているフェアリィ。
距離と暗さで顔までは視認できないが、スラスターの音がウルフ隊が使っているSUのものであることから、駆藤であるのは間違いなさそうだ。
だが、見たところ武装を――いつものレーザーブレードを持っていない。
どういうことだ。なぜ丸腰で……?
そして、もうひとつ。
ランバーだ。サイレンの原因。
だが……。
「……こんなところで再会するとはな」
そいつのことを、俺は知っていた。
一回目は、マーティネス支社を強襲した時。
二回目は、アレイコムのラヴェルで。
もっともアレイコムのときは人間を操っていたから、明確にランバーの姿で会ったのは、これで二回目か。
その姿は、一度見ればもはや忘れようもない。
暗い夜の闇に映える、真っ白な機体。
それを見せつけるように、泳ぐように空を飛んでいる。
他のランバーとは真逆と言っていいような、その在り様。
白いランバー。
それが再び、俺の前に現れたのだ。
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