30.雲壌/天地
タイマーでセットした炊飯器が、ピーと高い音を立てて炊きあがりを知らせる。丁度味噌を溶いて仕上げた汁の火を止め、茶碗を取り出す。
今日の朝食は白米、味噌汁、ほうれん草の胡麻和えに卵焼き。卵はミシルシ様の好みにあわせて砂糖多め、一等甘く仕上げてある。
「できました。ご飯にしましょう」
「うむ、いただこう」
二人分の食事を卓に乗せ、手を合わせた後ミシルシ様の口元へ食事を運ぶ。視線を感じて、言われる前に卵焼きを摘むと急かすように口が開いた。
「ん、美味いぞ。腕をあげたな」
「お褒めに預かり光栄です」
ほくほくと目を細めながら咀嚼されると、作り甲斐があるというものだ。
あの日から、わたしたちはまた変わらぬ日常を繰り返していた。誤魔化すでもなく、偽るでもない。ただそうすることが、自然なのだと多分お互い感じている。少なくともわたしはそう感じていた。
ミシルシ様の首から下は今もあの侘しい山奥で眠っており、上は満足げに卵焼きを飲み下している。
「そういえば、わたしが近くミシルシ様を葬る云々は外れたと思っていいんですよね」
ふと思い出してそう問いかける。口の中身を飲み下すためたっぷり一呼吸おいて、ミシルシ様が口を開く。
「さてな。私からすれば数十年程度すぐだ。近くが今日明日とは言っておらん」
「え、外した負け惜しみ……」
「何を、私が予言を外すというのか不敬ぞ!」
語気を強めて鼻を鳴らす顔は怒っているのにどこか愛らしく、わたしは思わず笑ってしまった。揺れる肩を見て、ミシルシ様がまた不敬だと訴える。
そうこうしている間に、随分時間が経っていた。わたしは慌てて自分の支度にかかる。
「結、今日は夕方から鶏肉が安い。明日以降は年末価格で割高になるぞ」
忙しない背中にいつもよアプリ通知のような予言が届く。照り焼きが食べたいと、ちゃっかり夕飯のリクエスト付きのそれに、わかりましたと返事をした。
いつか終わりが来るとして、このヒトの首から上と下のように、それが雲壌、天地ほど離れた時であればいい。その日が来るまで、愛すべき日常は続いていく。
最後のひとりと生首の予言 幸崎 @yukizaki317
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