29.答え

 ぽたり、ぽたりと。ミシルシ様の頬に水滴が落ちる。雨が降り出してしまったのだろうか。濡れては冷えてしまうと覆い被さるようにその首を抱くが、水滴は一粒また一粒と数を増す。


「祟られるのは泣くほど怖いか。それともこれまでの嘘偽りに失望したか」


 間の抜けたことに、言われるまで気が付かなかった。滴るその雫は、わたしの涙であった。なるほど、通りで庇うほど濡れてしまうわけだ。


「何だか、気が抜けたと言いますか」

「……うん?」


 返事を聞いたミシルシ様の眉間に怪訝そうな皺が寄る。


「うちの家を潰す、復讐だったんですよね」

「そうだ」

「それで、終わらせたらどうするつもりですか」


 概ね予想はしていた通り、答えは返ってこない。見下ろした先では瞳がうろうろと泳いでいた。


「どうせ考えてないでしょう」

「何だその言い草は、不敬ぞ!」

「黙らっしゃい。葬るだなんて言い出すから、何事かと心配したのに」


 まだ止まらない涙が鬱陶しくて、目元を袖で拭う。何度か擦ったところで傷になる、とミシルシ様にいつもの調子で叱られた。


「アナタが、いなくなってしまうのかと本気で心配したんですからね」


 零れ落ちるように告げた本心に、ミシルシ様の顔が戸惑っている。


「お主本当に私の話を聞いていたのか」

「聞いたうえで、ですよ。わたしでよければお付き合いしますよ、祟られるの」

「好んで祟られたがるな、阿呆」


 ため息と共に吐き出されたのは、呆れたような諦めたような言葉だった。


「復讐でも何でもいいので、もうしばらくわたしと過ごしてもらえませんか」


 わたしは知っている。嘘偽りだと言われても、これまでの日々がなかったことにはならないことを。あの日々には、眼差しには、確かな愛が、きっとあった。


「それがわたしの答えです。さあ、帰りましょう」


 首を抱え、立ち上がったわたしを止める言葉は返ってこなかった。

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