28.かたわれどき
下すようにと促され、鞄を下敷きにミシルシ様の首を置く。それでは収まりきらなかった長い髪が、割れた石畳の上に弧を描いた。
「ここで間違いない。土の上と下とはいえ、実に久しい我が身との逢瀬よ」
ミシルシ様の隣に並ぶ形で、わたしは腰を下す。地面とほとんど変わらない高さからは、どんな景色が見えているのだろう。
「…… この身で訪れるのは初めてだが、さして何も感じぬものだ」
「そういうものですか」
お互いの顔も伺わないまま、眼前の墓であったらしい石を眺める。角がとれ丸まったその表面は青く苔むしていた。
「これまでお主らに知恵を貸してきたのは慈悲なぞではない」
ミシルシ様は、また静かに語り始めた。
「当然だろう。伸ばす手も、逃れる足も失い、死場所さえも定かでなかったのだ」
「お世話係が必要だったと」
「そうさ。それにやりたいこともあった」
にたり、と視界の端でそのヒトは笑った。
「復讐だ。その血が潰えて消える様を、この目で見届け嘲笑ってやろうと思った」
「首だけでですか」
「舌先三寸あれば事足りる」
真っ赤な舌が、唇を割りちらと覗く。
「利をちらつかせ、不安を煽り、ちょいと脅かすように仕向けるだけのこと。どいつもこいつも、自ずと身を滅ぼしていったものよ」
人は脆いなと溢した声には、隠しきれない憂いが透けていた。
「あとひとり」
揺れたミシルシ様の首が、バランスを崩しぐらと傾く。わたしは考える間もなく、飛びつくようにそれを受け止めていた。
「お主で最後だ。結よ、私の物語に、この復讐に終わりを結ぶ子よ」
胸の奥で、心臓がうるさいほどに鼓動を伝える。わたしの腕のなかで、ミシルシ様がこちらを見上げている。
「ようやっと、この怨念も晴れてくれよう」
かたわどきに輪郭を滲ませたその瞳は、こちらをじいっと覗いていた。
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