27.物語

「始まりは些細なものだった。好天悪天、遠方からの客人の来訪。予言が幾つも重なるうち、勘というには過ぎたものだと言われ始めた」


 降り積もった落ち葉が踏むたびにじっとりとした湿気を伝える。背の高い木々が日差しを遮るせいか、ぬかるんだ足元が心許ない。


「悪いことばかりではなかったさ。ただ『見える』だけでは足りぬと、学を仕込まれた。商い、文学、時勢、人情の機微。学ぶこと自体、一部の人間にしか許されることのない時代だ。それらは贅沢で、面白く、好ましかった」


 両手が塞がったままバランスをとるのは存外神経を使う。緩やかな坂道に薄ら息をあがらせて、相槌も打てないままわたしは歩く。


「役に立つことは誇らしかった。不自由はあったが不服ではなかった。

 あの日、あの時。この首が落ちるその瞬間までは」


 静かな声は、そのひと言で、確かな熱を孕んで揺れた。


「体を失い、転がり落ちて、そこで終わるのだと疑わなんだ。だがそうはならず、私は今もここにある」


 胸元に抱えた状態ではその顔を伺うことはできない。足を止めそうになったわたしを、ミシルシ様が嗜めた。


「もともと外れかけていた人の道を、私は完全に踏み外した。人として生きることも亡くなることも、どれもこれも失った。奪われた」


 淡々と紡がれる声は、だが焼き付けるかのように強く重く放たれる。



「――すべてはお主らのせいだ」



 聞き慣れた声が、聞いたことのない声音で語る。ミシルシ様が露わにしたそれは、間違いようもない恨み言だった。返す言葉すら持たないわたしは、そうする他に何もできず、ただただ足を進める。


「ようやく着いたな」

「ここが、目的地ですか」


 道とも言えない道の果て、それはあった。

 山から区切るよう立てられた塀は傾き、重ねられた石の表面は削れ読み取ることはできない。それはここを訪れる人が絶えて久しいことを物語っている。


「この下に、アナタの体があるのですか」


 いつの間にか高く昇った陽が、墓所を明るく照らしていた。

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