26.故郷

 まだ朝焼けの気配が残る旧国道に車を走らせる。早朝ということを除いても対向車の一台も見当たらない。助手席のことを思えばわたしとしては願ったり叶ったりだが、それでも誰かに見とめられるのではと内心気が気ではなかった。


「そう肩を張るな。心配せずとも何も起きぬよ」


 シートベルトで固定した鞄の中から、くぐもった声が話しかける。


「道は、こっちであっているんですよね」

「ああ。もうしばらくは道なりだ」


 段々と景色は山深くなっており、案内板が県境が近いことを示していた。どこへ向かっているのかはっきりとは知らない。ただ、ミシルシ様に言われるままにわたしはハンドルを握っていた。


「さて、どこまで話したか」


 さして慣れない運転中だ。視線を外すわけにもいかず、けれど聞き逃してはなるものかと耳だけをそちらへ傾ける。


「始まりがいつだったかは私にももう定かではない。覚えている限り一等古い記憶は、すでに座敷の中だった」


 窓の外を朝日が照らす。しかし車内の空気はどこか重く、じっとりと湿りを帯びている気がすらした。


「外を見たいとは思わなんだ。出るまでもなく、見えていた。だがやはり、外への憧れというのは立ち難いものだ」

「……閉じ込められていた、ってことですか」

「ああ、まだ首から下があったからな」


 くつくつと聞こえる笑い声に、肝が冷える。


「ある夜、夢を見た。体がふわと軽くなり世界が開けた。もしやこの生活が変わるかと、あの頃の私は幼くも淡く期待したものよ」


 徐々に細くなっていた道はついに途切れ、わたしは車を停める。その先には獣道のような踏み固められた土ばかりが続いていた。


「結や、抱えておくれ。ここからは徒歩だ」


鞄ごとその首を抱えて車を降りる。ひやりとした空気からは草と土の匂いがした。


「期待の先に待っていたのは、人の道を外れた生だった。連れて行っておくれ。

 この先に、私の体が埋まっている」

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