第154話 芙美子③ (完結)
「ごめん、芙美子」
強い感情が込み上げてきた。
「俺は、芙美子を洞窟の穴に突き落とした」
・・誰かを懲らしめるのなら、その矛先を俺に向けてくれ!
そう言った瞬間、ふわっと何かが俺の体を包んだ。
洞窟の中で感じた霊魂のような冷気ではない。暖かい感じだ。懐かしい感じがする。
壁に映る影を見ると、芙美子は俺に向かって両手を伸ばしていた。
えっ・・
芙美子の影は俺を抱き寄せた。
しなだれかかるように身を預けると、
実体はないのにも関わらず、俺の体は受け止められていた。
俺も両手を伸ばした。見えないものを包み込むように。
長い時間が過ぎた。
芙美子の姿が見えたのは、数分だったろうが、これまでのどの時間よりも長く感じだ。それは決して不快ではなく、心地いいものだった。
「中谷くん、ごめんね・・」
芙美子の声が聞こえた。その声は次にこう言った。
「私の力では、もうどうすることもできないの。私が死なない限りは」
芙美子が生きている限り、この暴走は止まらない・・
だったら、俺の手で、
そう思った瞬間、俺の手が勝手に動いていた。
俺のこの手で芙美子の暴走を止めるしかない。
これで俺が選んだ未来は終わりだ。芙美子の暴走は止まるが、俺は芙美子を殺害した罪で犯罪者となる。妻と娘ともおさらばだ。
そして、芙美子とも、お別れだ。
「芙美子、さよなら・・」
俺は芙美子の細い首に手を当てた。このまま力を込めれば、芙美子は死ぬ。そうすれば、もう惨事は起きない。
俺の指が芙美子の肌に沈んでいく。
もっとだ。もっと締め付けないと、
ダメだ、出来ない・・
自分の行動に迷いがあるせいだ。
「ごめんね。中谷くん」
再び芙美子の声が届いた。
そして、次の瞬間、信じられないものを見ることになった。
芙美子のシーツがふわりと持ち上がったのだ。芙美子が両手を上げたのだ。
一瞬、芙美子の意識が戻ったと思い、思わず歓喜の声を上げそうになったが、違った。
「芙美子、何をする気だ!」
俺の声に返事は無い。その代わりにシーツから白く細い指が出てきた。その姿を現すや否や、十本の指がずずっと伸びた。
芙美子の長い指だ。何度も見た芙美子の指だ。
その手がゆっくりとシーツを下げ、喉元に伸びていく。
ああ、俺はどうして気づかなかったのだろう。芙美子はそういう女だったのだ。
俺には一切の負担をかけない女なのだ。
芙美子を殺めることにより、俺を苦しませる訳がなかったのだ。
それでも俺は、
「芙美子、待ってくれ、やめるんだっ!」
芙美子の行動を阻止しなければならない。死なせてはならない。
だが、芙美子の行動を止めようにも、指の形が見えない。触れようとしても、見えないバリアに弾かれるように阻止されてしまう。
自分の命を閉ざそうとしているのに、その寝顔は微笑んでいるように見えた。
これまでの惨事に使われてきた長い指が自分の首を絞めつけていく。
まるでこれまでの自分の罪をを罰するように、
「中谷くん、さよなら・・」
どこからともなく聞こえた声を最後に、芙美子の心臓の動きを示す計測器の波がツーッと一直線に伸びた。
(了)
芙美子(ふみこ)の長い指【全方位型グロホラー】 小原ききょう @oharakikyo
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