第153話 芙美子②

 芙美子は黙って聞いている。当然、横になったままだ。

 白いカーテンが顔に降りかかるように揺れる中、心拍を計測する機器が規則正しい音を立てている。

 その中で芙美子は、静かな寝息を立て、胸の隆起をゆっくりと上下させている。

 表情も穏やかだ。瞼は閉じられているが、その通った鼻筋に、薄く紅を引いた薄い唇が、美しさを際立たせている。見ただけでは病人とは思えない。誰もがそう言うだろう。


 ああ、芙美子と話がしたい・・


 俺は、先ほど見た芙美子の手に触れた。見た目は痛々しいが、触れると温もりが伝わってきた。

「ああっ」感極まった俺は思わず声を上げた。

 洞窟の穴を這い上がろうとしたことで、手は傷だらけになった。その手に生霊としての力が宿ったのだ。俺はそう推測している。

 そして、この手が、現実の世界に飛び出していたのだ。

 生霊となった芙美子は、この手を使ったのだ。使う度に指は短くなっていった。

「芙美子、そうだろう?」


 ただ、やり過ぎた。

 あそこまでやる必要はないんだよ、芙美子。

 でも・・芙美子には制御できなかったんだよな。


 芙美子は昏睡状態だ。そこから飛び出た生霊に倫理観や制御など分かるはずもない。

「芙美子・・君をこんな姿にしたのは、俺の責任だ」

 芙美子の生霊で命を落とした人も、大怪我を負った人も、その災いの全ての元は、俺にある。芙美子ではない。

「だがな、芙美子・・芙美子の一部が、娘の裕美に憑依しているんだ。それは分かっているだろう? 娘は元の状態にしてあげたいんだ」

 今の裕美は、本来の裕美ではない。本当の裕美は俺を父親として認めない女の子だ。

 その本来の姿に帰してあげなければならない。


 そう言った瞬間、

 耳元に熱い息がかかった気がした。見ると、両肩に長い髪がしなだれかかるように垂れている。

 ハッとして、振り返ったが、誰もいない。

 その代わりに、部屋の壁に影が映っていた。俺に向き合うような位置で立っている。

 芙美子だ。

 ベッドに重なるような格好で俺に向き合っている。姿は見えないが、こうして影と対話できる。


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