第7話 身の上話

 2人は明るい森の中を歩いていく。その姿はどこをどう見ても仲睦まじいカップルだ。


「ところで、ゲイル様はどうして単身魔王城に乗り込んできたんですか?」


「いや特に意味は無かったんだ。どこでもよかった。今は後悔するどころか、良かったと思っているけど……」


 ゲイルはばつが悪そうに、ポリポリと頭をかきながら答える。


「フフッ、私もゲイル様が乗り込んできてくれてよかったと思ってますよ。でも、乗り込んできたときのゲイル様は、投げやりな感じがしました。どうしてこれだけの力を持ちながらあんな顔をして乗り込まれたのでしょう?ゲイル様だったら、勇者として人々の尊敬を集めることも出来たのではないですか?」


 フルエイアが取り込んだ力はゲイルの持っている力の半分もない。それでも歴代の勇者と遜色がないどころか、最強といっても良いぐらいだ。


「そんな立派な人間じゃないんだ。そうだな。面白くないかもしれないが、俺の身の上話を聞いてくれるか。いや君には聞いてもらいたい。それでもまだ、結婚したいかを聞きたい」


 ゲイルは真剣な顔をして聞く。これまでの道中でもうすっかりフルエイアの事が好きになっていた。


「分かりました。ゲイル様の事、全てを受け止めたいのです」


 フルエイアも少し落ち着き、ゲイルの横に来て並んで歩き始める。


「俺は田舎の小さな村で生まれた。母は皆に慕われた治癒術師だった。父は流れ者だったが、危険な森に入って薬草を採取したり、畑を荒らす魔物を倒したりして信頼を得ていた。裕福じゃなかったが優しい母親と頼もしい父に愛され、幸せな子供時代だったな。

 それが一変したのは父が犯罪者だと分かってからだ。父は各地で強盗や人殺しをしていた極悪人だったんだ。父は後悔の念から自首し、母と俺の目の前で首を切られ、首はそのまま晒された。村人は今までとうって変わって俺達を冷たく扱った。

 それでもまだ母が生きていた頃はよかった。村で唯一の治癒術師だったからな。だけど貴重な薬草を取りに行ってくれる父が死んで、それで治せる病気を母は魔法を使って治してた。結構無理してたんだろうな。見る見るうちに痩せていき、父が死んで約1年後には死んでしまった。それからは針の筵さ。10にもなってなかった俺はやれることも少なく、村のごく潰し扱い。そして母が死んだ年は丁度凶作になって、口減らしの為に村を追い出されたんだ。

 両親に教えられた狩りの知識や野草の知識を使って生き延び、何とか俺の事を知らない町にまでたどり着き、そこにあった孤児院に拾ってもらえたんだ。そこで2年ほど養ってもらったかな。俺は読み書きができたから、その間に孤児院に寄付された本を読んで勉強したり、孤児院での冒険者の人に剣や魔法を教わったりしてたんだ。飲み込みが早かったみたいでさ、将来有望って言われたりしたんだぜ。それで調子に乗って、12になった時に王都に出て魔術師学園に入ろうとしたんだ。試験は自信があったんだけど、筆記試験で不正を疑われて不合格になったんだ。試験官曰く、孤児院出身の俺に満点が取れるわけがないってさ。不正なんか働いてないという俺の言い分は聞いちゃくれなかった。後から考えたら同時に受験した貴族の子供を実技試験で叩きのめしたのが悪かったんだろうな……

 それで仕方なく王都で職人として働くことにしたんだ。冒険者になろうかとも思ったんだけど、収入の幅が大きい冒険者より、ちゃんと手に職を付けて、俺を拾ってくれた孤児院に定期的に寄付しようと思ってね。

 でもそんなに甘くはなかった。王都で職人として働くためには、誰かの弟子になる必要があるんだけど、弟子入りしても1ヶ月もしたら追い出された。寝る間も惜しんで師匠の教えを自分のものにしようと頑張ったのにさ。決まってスパイは出て行け!と言われたんだ。何時もライバルのスパイと決めつけられたんだ。そんな事はしてないし、結構腕には自信があったのになんでだろうな……」


 そこまで話して、ゲイルはふうっと一息つく。フルエイアはゲイルの力を取り込んだから理由が分かる。ゲイルの能力は高すぎたのだ。絶対勝てる相手として組ませた孤児院出身の子供が貴族の子弟を叩きのめしたら、試験官の面目は丸潰れだ。意地でも落とすに違いない。職人だってそうだ。自分が何年も、何十年もの間磨いてきた技を1ヶ月やそこらでものにされたらたまらないだろう。そんな事を気にしないか、もっと高みにいる職人に出会えていたら違っただろうが、残念ながら出会わなかったのだ。


「それで、冒険者になったんだ。冒険者になっても俺の悪いうわさは広がっていてね。パーティーを組んでくれる人なんかいなかった。ソロで出来る範囲なんてたかが知れている。薬草の採取は母から教わった知識もあって得意だったけど、それだけではなかなかランクは上がらないし、報酬も少なかった。たまに途中で出会ったモンスターを倒したりはしたけど、日々暮らしていくので精いっぱいだったよ」


 実は物価の高い王都で、薬草の採取のみでは日々生きていくのですら難しい。普通そういう場合は物価も安く、薬草が生えている所も近い田舎町を拠点とするか、スラムの様なところで暮らすかの2択なのだ。下手に暮らせるだけの能力があっただけに、その生活から抜け出せなくなったと言えよう。そしてソロでもモンスターを討伐してランクを上げていく者も居る。だがえてしてそういう者の死亡率は高い。レベルが高い者でもソロではどうしても、無防備な時というのが出来てしまうからだ。ゲイルは堅実で慎重な男だった。


「そんなある日、俺とパーティーを組んでも良いという若い男女の2人組が現れてね。俺は飛び上がらんばかりに喜んだよ。男の方は名をマセイン、女の方はカルナといった。俺は荷物運びに前衛、補助魔法に回復と出来る限りのことをやったよ。おかげでランクも上がり、お金にも少し余裕ができたんだ。そんなある日カルナから、お金がもう少し溜まったら結婚しましょうって言われたんだ。てっきりカルナとマセインはカップルだと思っていたから驚いたよ。

 それから死に物狂いで働いた。パーティーの休養日もソロで稼いだ。パーティー共有財産の他に、結婚資金用のお金もカルナに渡していたし、残った自分のお金も生活を切り詰め、溜めていた。ある日俺の泊まっていた安宿の前に兵士が立っていた。目的は俺を捕まえるため。罪状はパーティー資金の横領。その2人は結局グルだったのさ。

 俺は無罪を主張したが、聞き入れてはもらえなかった。父の事がバレたのも大きいんだろうな。一方的な判決で3年間牢屋で過ごす羽目になってしまった。

 そして出所して孤児院へ戻って来た時、見たのは閉鎖された孤児院跡だった。俺の様なものを育てたと言う事で寄付が減り、閉鎖されたらしい。

 その後は破れかぶれになって、モンスターを狩りまくった。いつの間にか天界にまで攻め込んだんだ。こうなれば主神を倒してやるって天空城に攻め込んだら、主神は母になってた。そして目の前に母が来て、貴方はまだ死んでない。貴方は勇者になる力があるって言われたから魔王城に攻め込んだんだ……」


 ゲイルはそこまで話すと俯いた。軽蔑されるとでも思ったのだろう。そんなゲイルをフルエイアは優しく抱きしめる。


「丈夫ですよ。これからは2人で楽しい思い出を作っていきましょうね」


 それからしばらく歩くと、森が開け、小さな丘があった。


「さあ、目時地につきましたよ」


 そこは何だか得体のしれない気持ち悪い植物に覆われた丘と、遠くに活発に噴火する火山、濁った緑色で、時々毒ガスを吹き出す湖が有る、地獄のような場所だった。

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