第8話 新居
「あの……君が理想とした風景じゃないみたいだけど……」
ゲイルは周りを見渡しながら言う。魔王が住むにはピッタリな雰囲気だが、とてもフルエイアが話した風景ではない。
「フフッ。ゲイル様はご自分の力の大きさをご存知ないのです。今からゲイル様の力の一端をお見せしますね」
フルエイアはそう言うと、指をパチンと鳴らす。すると彼女の足元から金色に輝く線が地面に現れ、それがものすごい早さで複雑な魔法陣を描き、地面を覆って行く。丘はあっという間に魔法陣で覆われ、森や湖も覆われ、遙か彼方に在る火山までも覆われてしまう。
目に見える範囲がすべて覆われると、フルエイアは何処からか複雑な彫刻が施され、上部に赤く大きな魔石が付いた杖を取り出し、地面に突き立てた。そして目を閉じ魔力を杖に込める。魔石が眩しいほどに輝き始め、杖の先端から魔力が魔法陣に流し込まれる。すると今度は魔法陣が眩しいほどに輝き、細かい粒子となって消えていった。跡には色とりどりの花が咲く緑の地面が現れる。それが杖を中心に魔法陣に沿って広がっていった。気味の悪い植物でいっぱいだった丘は美しい花に覆われた丘になり、毒々しい緑だった湖は透き通り、噴火していた火山は頂上に雪を抱く雄大な山になった。
ゲイルは見たことも聞いた事もない魔法に茫然とした。
「凄い……」
それだけしか言えなかった。それを聞いてフルエイアは少し上気した顔でにっこり微笑む。
「私は魔法陣と杖が必要でしたが、ゲイル様なら魔力の使い方さえ覚えれば、私よりも簡単にできますよ」
「この俺にそんな力が有るんだろうか……」
ゲイルは自分の手を見つめる。思い出す限り自分の魔力は攻撃にしか使ってこなかった。こんなすごい魔法が使えるだなんてとても信じられなかった。
「大丈夫ですよ。自分を信じてください。もし、信じられないのでしたらゲイル様を信じる私を信じてください」
自分を見つめてくる真摯な赤い瞳に、ゲイルは信じてみようという気になった。どうせ失うものは何もないのだ。
「次は新居ですね。外観はログハウス調にして、リビングとキッチンはそのままでも良いとして、寝室は魔王城の私の部屋に空間を繋げますね。寝室はすぐには作れませんし、色々小物とかも置いているんで、自分の部屋が良いのです」
いうが早いかフルエイアが目を瞑り少し集中するだけで、見る見るうちに地面からログハウスが現れる。結構大きい。昔村で親子3人で住んでいた家より大きいように思えた。
「さ、中に入りましょう」
「え、あ、うん」
既にこの時点において、ゲイルは新居という言葉に何の違和感も覚えなくなっていた。要するに好きになっただけでなく、結婚することに何ら躊躇いはなくなっていたのだ。
ログハウスのドアを開けるとそこはすぐに広いリビングになっていた。間仕切りはされておらず、広い部屋に、大きな暖炉が端にあり、暖炉の横がキッチンになっていた。ソファーやテーブルなどは既に据え付けられている。ゲイルにしてみればこれで十分なのだが、更に寝室は別だという。右側にこれでもかというぐらいに場違いに存在を主張している、重厚なドアがそうだろう。
「寝室を見てみますか?あ、一応結婚まではダメですよ。まあ、ゲイル様がどうしてもっていうのなら仕方がないですけど……」
「分かっている。大丈夫さ」
最後の方は声が小さくなりすぎて、ゲイルには聞こえていないようだった。ドアを開けるとすぐに寝室かと思ったら、両側に幾つもの扉がある廊下だった。多くの部屋は客間だろうか?自分達の寝室の横に客間なんて変な間取りだとゲイルは思う。そんな事を考えているうちに、フルエイアは一番手前の右側のドアを開く。
そこは部屋の真ん中に天蓋付きの大きなベッドがおいてあり、よこに小さなテーブルセットが置いてある部屋だった。まあ、それはいい。普通は絵画や彫刻、剣などが飾ってある場所に、所謂大人のおもちゃと言う奴が所狭しと飾られていた。種類は使い方がすぐ想像できる物から、なんに使うものか分からないものまで様々だ。
「これはまた……」
「私の自慢のコレクションなんですよ。これがあるから寝室と直接つないだんです」
そう言ってはにかんでフルエイアは顔を赤らめる。恥ずかしがるところが、違うような気がするが、金持ちとはそういうものかも知れないと、ゲイルは無理やり自分を納得させる。もちろんそんな事は無い。
「それじゃあ、ここに直接扉をつなげれば良かったんじゃないか?」
ゲイルは疑問に思ったことを聞く。わざわざ他の部屋がある通路につながなくても良かったはずだ。それとも何か制約があるのだろうか。
「え?だってここは朝食後に一息入れる場所ですよ」
帰ってきたのは予想外の答えだった。
「朝食後?」
「そうです。ここは朝食後に1回、いえ、ゲイル様が良いのでしたら2回でも3回でも良いんですけど……ともかく1回はやる場所です。同じ場所は飽きるでしょうから、隣は昼食前、その隣は昼食後、その隣はティータイムの前、その隣はティータイム後……」
「ちょっと待ってくれ、幾らなんでもそんなにできるはずがない!」
無理無理無理無理!ゲイルは必死に叫ぶ。そんな事をしていたら3日も経たずに死んでしまう。
「大丈夫ですよ。自分を信じてください。もし、信じられないのでしたらゲイル様を信じる私を信じてください」
自分を見つめてくる真摯な赤い瞳を、ゲイルは信じようとは思わなかった。
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