第9話 結婚式

 ゲイルとフルエイアの結婚式は身内と極一部の関係者だけで行われた。といっても出席者が豪華だ。ゲイルの出席者は現役の主神、副神にそれに直接従う神々、引退した主神や副神などがいる。そしてフルエイアの出席者も元魔王、魔界に住んでいる母、及び親類の悪魔たちだ。

 本人たちはあまり気にしてはいないが、出席者の間には何とも言えない微妙な雰囲気が漂っている。一番気の毒なのは式の進行役の神父だろう。神の啓示があって結婚式の用意をしたかと思えば、その神自体が現れたのである。この場で唯一のただの人間である神父は神々しい気配と禍々しい気配に挟まれ、泣きそうだった。


「良き行いに神の祝福のあらんことを……」


「魔を断ち切る力を……」


 聖典を読むたびに祝福を与えようとする神々と、それに対抗する悪魔の力が丁度神父の居る所でせめぎ合う。神父は下手したら物理的に引き裂かれそうになる。


「あのー、私はただの老いぼれた人間の神父でございます。こんな結婚式を仕切るなんて無理です。いっそうの事、一思いに神の元に旅立たせてはもらえませんでしょうか?」


 神父は遂に膝をつき、泣き言を言い始める。

 そもそもなぜ教会で結婚式が行われるのか。それはただ単に悪魔の方に結婚式と言う風習が無かったからである。だが、ゲイルの好みに染まってしまったフルエイアは結婚式がしたかった。ゲイルもそれを不思議には思わなかった。結婚式には進行役が必要だが、それは神も悪魔も自分の勢力の中から出す、となかなか譲らなかった。妥協点として人間の神父が選ばれたのだった。


「母さん式が進まないよ。落ち着いて」


「お父様も落ち着いて下さい。私の晴れ舞台なんですよ」


 ゲイルとフルエイアは仕方なく止めに入った。


「ごめんなさいね。フルエイアさん。フルエイアさんに含むところが有る訳じゃないの。息子をよろしくね。ぜひ一緒に天界来てちょうだい。きっと気に入ると思うわ」


 息子には人間界での寿命が有る。だが、死んだ後、魔王と共に天界の勢力に取り込む事ができれば、もはや神と悪魔の争いは付いたも同然になる。人間の信仰心が弱くなるかも知れない、というリスクは有るが、千載一遇のチャンスを逃すつもりはなかった。

 そしてそれは悪魔側も同じであった。


「のう、婿殿。婿殿程の力が有れば、地上や天界では退屈だろう。魔界には狩りに相応しい魔物がたくさんいるぞ。それにな、酒や肉料理は魔界の方が美味いし、種類もたくさん有る。一緒に飲み交わそうではないか」


 バチバチとイェルマとネバダットの間に火花が飛ぶ。比喩ではなく実際に。その余波で天井の一部が砕け、欠片が下に落ちてくる。


「ヒィィィ。おお神よ、お助け下さい」


 神父が頭を抱えて必死に祈りを捧げるが、残念な事に起こしている原因の一端はその神であり、神父の祈りで止める気はなかった。


「イェルマ止めるんだ」


「ネバダット様お止め下さい」


 イェルマはベガに優しく背後から抱きしめられて、ネバダットは後頭部から突き刺さった爪が目の部分から飛び出していた。


「あなた。ごめんなさい。ついムキになってしまって……」


 甘い雰囲気で抱き合う主神と副神の夫婦。それに対して


「うぎゃー、目が、私の目が」


 元魔王は転がりまわり、それをフルエイアの母は冷たい目で見降ろしている。頭を貫かれても生きているあたり、流石は元魔王というところだろう。


 両陣営のトップ二人が落ち着いた事で、式はつつがなく進んでいく。そして最後に定番のキスをして、式は終了した。


 式が終了した後、ゲイルは父に尋ねる。


「ねえ、母さんてあんなにおっかなかったけ?」


 それを聞いてベガはゲイルの肩に手をやり、神妙な面持ちで答える。


「女は弱し、されど母は強しと昔から言うだろう。それにもう一つ加えよう。母は2種類に分けられる。普段から怖い母と、怒らせると怖い母だ」


 とても元凶悪犯とは思えない言葉だった。そして……


「魔王ではなくなったとはいえ、余の扱いが酷くないか……」


 回復した目を抑えながら、涙目で呟く姿はとても元魔王だとは思えなかった。

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