第4話 誰だよお前

 魔王城の玉座は半壊し、魔王の下半身だけが残っていた。引き千切られた断面から、血が吹き出している様をみて、フルエイアは一瞬だけ驚いた顔をするが、すぐに元の艶めかしい顔に戻る。そして自分の顔にかかった血を白いたおやかな指で拭い、その指を舐めた。

 冷静に見たら凄惨な光景なのだが、フルエイアの醸し出す色香に、それですら色っぽく見える。


「ああ、なんとも頼もしき者よ。これでわらわはそなたのものじゃ。さあ、この身体存分に味わうがよいぞ」


 並みの男、いや、例え勇者と言えどもあらがうのは困難だと思える仕草に対して、ゲイルは意識はしながらも周りを警戒している。


「何を警戒しておる。もはやここにはそなたとわらわしかおらぬ。恥ずかしがらずとも良いぞえ」


「そう言って、触ったとたん。娘に手を出したな、とか言って魔王が出てくるんだろう!」


 ゲイルはフルエイアに目を奪われながらも、警戒して答える


「先程から発想がせこすぎるわ!もうそなたはじっとしてれば良い。すべてわらわに任せよ」


 そう言うとフルエイアはゲイルに抱き付く。抱き付かれたゲイルからは見えなかったが、抱き付いたとたんフルエイアの瞳が怪しく光る。フルエイアは最上位のサキュバスと魔王の間に生まれた娘だ。その能力の一つに相手の血か精液を摂取するとその者の力を得る事ができるというものが有った。先ほどは父である魔王の血を舐め、その力を手に入れた。その魔王を一蹴する力。魔族として欲しがらない者は居ないだろう。そしてここに来るまでの間、ゲイルも全くの無傷ではなかった。油断した時に所々にかすり傷程度ではあるが、傷を負っている。その一つ、肩の小さな血のにじみにフルエイアの口が付けられる。

 本来ならフルエイアもこんなところより、ベッドに行き抱き合った方が良いのだが、血の誘惑に勝てなかったのだ。そして一舐めした途端、フルエイアの全身に衝撃が走る。それほどゲイルの血は美味だった。もう一舐め、もう一舐めと塞がりかけた傷の血を舐めていく。それは傷が完全に塞がり、血が出なくなるまで続いた。


「おい。一体何を……」


 実はゲイルは期待していた。ここで大人の階段を上ることを。先ほどからのフルエイアのセリフから言って、これはいけると思っていたとしても責められはしないだろう。だが、フルエイアは最初抱きついて肩を舐め始めたかと思うと、舐めっぱなしであった。気持ちいいか悪いかで言ったら、気持ちが良い事には変わりはないが、ゲイルが期待した事ではなかった。


「はぁ~」


 フルエイアはゲイルの問いには答えず、何とも言えない恍惚とした表情で顔をあげる。


「ああ、そなたの力が身体にみなぎる。何という壮大な力。ああ、この力に何時までも身を委ねていたい……これは、わらわが力を取り込むのではなく、力にのまれている?ああ、だが抗う事ができぬ。これ程のものとは予想外であった。ああ、だが何とも甘美な毒よ。死ぬと分かっていても吐き出すことができぬとは……」


 フルエイアは恍惚とした表情を浮かべたまま、糸が切れた操り人形のようにゲイルの腕の中でしなだれた。


「いや、おい、ちょっと。ええー」


 ゲイルは慌てて抱きしめる。そのまま床に寝かせて、呼吸を確かめると、温かい息が耳に僅かにかかる。どうやら死んではいないようだった。


「一体何だったんだ……」


 ゲイルは困ってしまいポリポリと頭をかく。ここに来た本来の目的からすればこのままフルエイアを殺せばいい。もうこの魔王城で生きている者は目の前の女だけだ。だが、無抵抗どころか気絶している女性を殺すのは躊躇ってしまう。

 そうこうしているうちに、フルエイアが目を覚ます。そしてゲイルが顔を近づけると、キャッという小さな悲鳴をあげ、顔を真っ赤にして後ずさりする。


「申し訳ありません、旦那様。いきなり顔が目の前に来たものですから」


 そういって立ち上がるフルエイアは先ほどと打って変わって清楚な雰囲気を出している。そして自分の煽情的な格好をみるや、またもや小さな悲鳴をあげ、魔法を使い白と青を基調とした清楚なドレスに服を変化させた。


「はしたない姿を見せてしまい、申し訳ございませんでした」


 そう言ってフルエイアは頭を下げる。


「いや、誰だよお前」


 変化について行けず、ゲイルは思わず尋ねる。丁度その時だった。玉座に魔力が集中したかと思うと、魔王の上半身が現れ、下半身と結合する。


「ようこそお戻りなさいました父上」


 フルエイアはネバダットに対して恭しく頭を下げる。


「いや、誰だよお前」


 奇しくも、ゲイルと同じセリフを吐いた魔王であった。

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