第2話 天界にて1

 魔王ネバダットが気が付くと、そこは美しい花が咲き乱れた池のそばだった。同時に激痛を感じる。すぐに痛覚遮断の魔法を使い、起き上がろうとするが、下半身が丁度みぞおちの所から無くなっており、内臓がどろりと飛び出ていた。それでも生きているあたり、凄まじい生命力と言うほか無い。。

 ネバダットは腕だけで上半身を起こし辺りを見渡すと、横で老人がのんびりと池の中に釣り糸を垂らしていた。


「もう目を覚ますとは、さすがは魔王と呼ばれるだけの事はあるのう」


 老人は魔王の方を見ることもなく、そう語りかける。


「貴様は何者だ?」


 魔王は警戒心も露わに老人に尋ねる。常人なら震え上がるような威圧を振りまいているのだが、老人は動じる風も無く、魔王の方を見る。


「久しく顔を会わせてなかったとはいえ、幾度となく戦った相手につれない奴よ」


 老人は溜め息をつくように魔王に向かってそう言う。魔王は老人の顔をまじまじとみた。言われてみれば見覚えの有る顔だ。


「貴様はアルマレックか?」


 アルマレックは天界の主神。つまり神々の王である。ネバダットは軍勢を率いて幾度となく戦っていた。だが、目の前にいるのは姿こそ似てはいるが、同一の者か、と言うぐらい老いぼれており、覇気もなかった。ネバダットを見る目も優しげで、境遇に同情すらしているようだ。

 何度も死闘を繰り返してきたと言うのに、今のアルマレックからは敵意を感じない。


「そうじゃよ。見違えるほど変わったかのう」


 ほっほっほっ、と笑う姿はただの人間の好好爺のようで、とても神々の王とは思えなかった。


「神々の王である貴様がこんな所で何をしている?」


 ネバダットは警戒心を解かずに尋ねる。


「見ての通り釣りじゃよ。天界の魚は観賞用じゃからの。知性をもっておるものもおるし、おちおち釣りはできんからの。じゃから人間界の湖に空間を繋げて釣りをしておったんじゃ。まあ水面に色々な場所の風景を映して楽しんでもいるがのう。その水面からいきなり魔王が飛び出してくるとは思わなかったわい。それと訂正しておくがもう儂は王ではない。引退したんじゃ。今の王というか女王じゃが、イェルマ様というお方じゃ。勇者となる予定だった者の母親でもある。魔王を続けるのなら覚えておくが良かろう」


 何という事も無いようにアルマレックは答えるが、ネバダットは状況を呑み込めなかった。アルマレックが引退?勇者になる予定だったもの?人間からなぜいきなり主神に?疑問が次々に沸いてくる。


「その説明では分からぬ。幾度となく余と渡り合った貴様がなぜ引退をしている?勇者になる予定だった者とは何者だ?それに仮に勇者の母親だったとして、魔王である余を倒さずになぜ主神になれる?そもそもなぜ余がここにいる?」


 ネバダットは矢継ぎ早に尋ねる。


「そうせくな。順を追って話してやろう。そうさのう、儂は何時ものように人間に祝福を与え、聖女を誕生させた。そしてさらにその者に祝福を与え、その子が勇者にと呼ぶに相応しい力、魔王であるそなたを出来れば倒せる力、そこまで行かずとも魔界へと封じこめる力を持てるようにした。これも何時もの事だが、乗り越えられるギリギリの試練も降りりかかるようにもした。しかし何故か生まれた子供にかかった試練が予想外に重かったのじゃ。父親はものごころがつく頃に犯罪者として目の前で首を切られ、母親はショックの余り病にかかり間もなく死亡した。孤児になった後も次々に不幸に見舞われ、性格はねじ曲がり、全てを恨み始めたのじゃ。その子供の力も予想外に高くなっておった。いや高すぎた。儂が気が付いたときには手遅れで、魔王を倒すどころか、人間界にいた神族を蹴散らされ、さらに天界に攻め込まれてしもうたんじゃ。天界の軍勢は壊滅、天界に来ていた母親の魂を呼び寄せ、主神に据えることで神への恨みを何とか抑える事ができたのじゃ」


「ふっ、貴様ともあろうものが、とんだ失態よな……ん?抑えたのは神への怒り?」


 ネバダットはアルマレックの説明に引っ掛かりを覚える。それに気づいたのか、アルマレックがニヤリと笑う。


「あの男はすべてを憎んだ。唯一の例外はあの男を最後まで愛した母親だけだ。神を憎んだが、悪魔も憎んだ。そう、そなたの所に単身攻め入った男、名をゲイルというが、その男こそ天界に攻め入った勇者になり損ねた男じゃよ。儂はゲイル殿の母親を主神とすることで憎しみを避けた。さておぬしはどうするのかのう。言っておくが魔界にまだ軍勢が残っておるといっても、ゲイル殿には敵わぬぞ」


 ほっほっほっ、とアルマレックは愉快そうに笑った。

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