第5話 恋に落ちる

「お二方ともあんまりです。私は父上の娘フルエイアではありませんか」


 フルエイアはネバダットに向かってそう言うと、今度はゲイルの方に身体を向ける。


「そして、貴方様の妻となるものです」


 ゲイルにそう言うと、可愛らしく頬を赤く染める。


 対するゲイルは何か別のものに変わってしまったフルエイアを無視して魔王に相対する。


「舞い戻ってきたのか。流石は魔王と呼ばれるだけの事はあるな。これでは届かぬか……」


 そう言ってゲイルはヒノキの棒を放り投げる。そして収納に使っている別次元を開き、そこから聖なる光を帯びた剣を取り出す。神々が魔王を倒すべく人間に与えた剣。所謂勇者の剣だ。


「いや、ちょっと待て!」


 ネバダットは内心の慌てぶりを面に出さないよう、注意深く玉座を立つ。ヒノキの棒であれだったのだ。勇者の剣で攻撃されたら死んでしまう。


「私を玉座から立たせたら、娘をやるかどうか考えるんだったな。そなたの力は分かった、娘をやろう。娘もその気のようであるしな。そしてフルエイアよ。そなた余の血を飲んだな」


 それを聞いてフルエイアは慌てて謝る。


「申し訳ございませんでした。つい出来心で……」


 そう言ってフルエイアは少し震えながら頭を下げる。


「よい。許そう。だが、余の血を飲み、力をものにした以上、これからはそなたが魔王だ。よいな」


 ネバダットは重々しく威厳を込めて言うが、そんな決まり事など無い。只単にネバダットが魔王を辞めたいだけである。だいたい人間界に来ていた部下は殆ど死んでしまった。これからまた再建するのは結構な手間がかかる。それに再建したところで、目の前の化け物がいる以上、砂上の楼閣だ。何かの拍子に攻撃されたらたまらない。


「お父様……謹んで拝命いたします」


「うむ。なにか悩んだら聞きに来るが良い。そなた1人でな。その時は助言ぐらいはくれてやろう」


「はい。その時はお願いいたします」


 あくまで慎み深い態度をとるフルエイアを、ネバダックは気持ち悪い物を見るような目で一瞥した後姿を消した。魔界へと帰ったのだ。


「あ、お前こそちょっと待て!」


 ゲイルが気付いたときにはもうネバダックは消えていた。魔王城にはゲイルとフルエイアの2人だけが残される。


「旦那様。不束者ではございますが、末永くよろしくお願いします」


 貞淑な淑女の様な姿をしたフルエイアが頭を下げる。


「えっ、ああ、うん。というか本当に俺と結婚するの?俺、実は無職なんだけど……」


 ゲイルは事態の変化について行けず、取りあえず目先の事を聞き、聞かれてもいない事を言う。


「もちろんではないですか。それと旦那様は無職ではないですよ。私は魔王になりましたから、旦那様は王配になるんです。それとも旦那様は私の事がお嫌いですか?」


 好きとか嫌いとか以前に、ゲイルは相手のことを何も知らない。ただ言えるのは外見といい、仕草といい、今のフルエイアはゲイルの好みにどストライクだった。もう他の事がどうでもよくなってしまうぐらいに。

 いやいや、女性は外見じゃないと暴れる前に思い知ったばかりじゃないか。分からないと答えるんだ。心の中ではそう思ったが、口に出したのは曖昧な言葉だった。


「き、嫌いじゃない。寧ろ好き寄りかな。でも、このまま結婚したらヒモっぽくない?」


「そんな事ありませんよ。そんな事を言ったら、歴史上の女王の夫は全員ヒモになるじゃないですか」


「言われてみれば……でも俺平民だし……」


「そんな、魔王ともあろう者が人間の身分を気にする訳ないじゃないですか。気にするとしたら、それはその者を利用する時だけですよ」


 こちらも攻め入った時とは別人のようにオドオドしているゲイルに、フルエイアははっきり断言する。


「でもいきなり結婚なんて……いや、結婚したくない訳じゃないんだけど……俺は君の事を知らないし……君の事をもう少し知りたいかな」


 ゲイルは耳まで真っ赤になりながら答える。


「良かった。じゃあ、デートをしましょう。私もデートは初めてなんですよ」


 これは嘘でも何でもない。視線一つで男を虜にしてきたフルエイアにとってデートなどする必要は無かったのだ。


 こうして、ゲイルとフルエイアは廃墟と化した魔王城を2人で手を繋いで後にした。


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