第6話 デート
魔王城を包む鬱蒼とした森。その木々の間を2人は歩いていく。フルエイアが笑顔でクルリと回り魔力を放出するたびに、ねじくれた木々が真っ直ぐな正常な木に戻り、木々の間が広がり、明るい日差しが差し込んでくる。無造作に魔力を振りまいても、持っている魔力からしたら微々たるものだった。恐ろしいほどの魔力量といえよう。知らないものが見たら妖精の女王と思うに違いない。
「旦那様。あっ、まだ旦那様じゃないんでしたね。そういえばお名前を聞いていませんでした。教えて頂いても良いですか?」
フルエイアは、本来なら力も記憶も血を飲んだ時に手に入れる事ができるのだが、ゲイルの時にはそれができなかった。力も半分も手に入れていないだろう。それでも以前のフルエイアをゲイル好みに変えてしまう程の力があった訳だが。
「ゲイルだ」
ゲイルは短く答える。
「ゲイル様ですね」
「様付けは要らない」
「では、ゲ、ゲイル。ううっ、やっぱり、呼び捨ては言いにくいです」
フルエイアは恥ずかしそうに、手で顔を覆う。一体俺は何を見せられているんだろう。見ているこちらまで恥ずかしくなる。そう思いつつもゲイルはフルエイアに心惹かれていく。それもそのはず、フルエイアはゲイル好みの女性に変わってしまったのだから。ゲイルは実はかなり初心で、夢見がちな男であった。
「じゃあ、好きに呼べばいい。ところでどこに行くんだ?」
「それはですね。新居の予定地です。私とゲイル様は、ふっ、夫婦に成る訳じゃないですか。出来れば2人きりで居られる場所に作りたいんですよ。人里離れた景色が綺麗な場所が良いですね。四季折々の花が咲く小さな丘の上に、ポツンと立ってるような家が良いです。丘の下には綺麗な湖と森が有って、湖の向こうは山になっているような、そんな場所が良いのです」
どこかの風景画で見たような景色だ。だが、自分は色々合って世の中が嫌になったのでそんな所でも良いが、彼女にはいささか刺激が無さ過ぎるんじゃなかろうか。故郷の村ですら何にもないと感じるのだ。ましてや彼女は城に住み、大勢の魔族にかしずかれていた身分である。ゲイルはそう思いフルエイアに尋ねてみる。
「最初は良いだろうが、刺激が無さすぎるんじゃないかな?俺が出かけている間何もする事が無いんじゃないか?」
「あら?ゲイル様はお1人でどこへ行かれるつもりなんですか?」
フルエイアは立ち止まり、少し身体を曲げて、上目遣いにゲイルの顔を見つつ尋ねてくる。腰まである長い髪がサラリと動き、太陽の光を浴びてキラキラ光る。
「それは狩りとか山菜や果物の採取とか……出来るだけ自給自足するんだったら畑とかも作らないと……」
握ったから分かるフルエイアのたおやかな手は、そんな事を手伝わせては行けないような気がした。
「フフッ。ゲイル様は相変わらず慎ましい方ですね。私は魔王ですよ。お城の財宝は全部私の物です。そうだ、どれぐらい有るか当ててみて下さい」
フルエイアは悪戯っぽく微笑みながら、クルリと回る。スカートがふわりと舞い、フルエイアのスラリとした足が膝の辺りまで見える。それだけで、ゲイルは顔が赤くなった。慌ててゲイルは計算に集中する。王都に居た時、王族の食事は1食で市民が1ヶ月暮らせるほどと聞いたことがある。平均的な市民ってどれくらいで暮らしてるんだろう。自分なら銀貨5枚も有れば大丈夫だから、2倍の銀貨10枚だろうか?いやいや更にその2倍の銀貨20枚と考えよう。3食で銀貨60枚、王族が5人だったら銀貨300枚、つまり金貨3枚だ。1日で金貨3枚!自分だったら5年は暮らせる。それが1年だったら金貨1,000枚以上だ。食事だけでだ。あまりの金額の多さに頭がクラクラする。王族はその外に服や装飾品も買っている。それがどれくらいか想像付かないし、城で働くものの給金や騎士に払うお金も有るだろう。そこまで考えた段階でゲイルの頭はショートした。
「ええっと。金貨で10万枚、いや違う100万枚だ!」
ゲイルは今までセコいと言われた事を思い出し大きく出た。
それを聞くとフルエイアはフフッと笑い顔を近づけ、そのまま軽くキスをした。
「すみません。ゲイル様があまりに可愛らしくてキスしちゃいました。そうですね宝物庫一つだとそれくらいでしょうか。ちなみに宝物庫は100以上有りますよ」
金貨100万枚が入っている宝物庫が100以上!ゲイルは一瞬気絶しそうになった。慌てて頭をブルッと振り、更に手で頬を叩く。自分はセコい訳じゃない。気が遠くなったのは財宝の金額を聞いたせいじゃなくいきなりキスをされたせいだと言い聞かせて。
「そ、それなら暫くは大丈夫そうだね」
ゲイルは平静なフリをして答える。ただ残念なことにどう見ても失敗していた。
「そうですよ。もっとドーンと構えて下さい。前の魔王である父を倒した方なんですから。それにですね、私の母はサキュバスの頂点だったんですよ……」
フルエイアは恥ずかしそうに身をくゆらせ、ゲイルにそっと耳打ちする。
「私、あちらの方は昼でも夜でも、一日中でも大丈夫なんです。沢山、沢山、2人で愛し合いましょう」
ゲイルは頭のてっぺんまで血が上り、暫く動くことができなかった。
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