第3話 天界にて2

 ネバダットは愉快そうに笑うアルマレックを苦々し気に睨みつける。魔王となって長い年月がたった。その間幾度となく勇者と戦った。時には負けたこともある。それは良い。神も同じだが自分達が本当に死ぬ時は、人間たちが自分達を完全に忘れ去った時だけだ。忘れ去られない限りいつかは復活する。魔族は恐怖によって、神は畏怖によって。それ故にどちらも人間を滅ぼしはしない。神族と魔族の争いはある意味出来レースの様なものだった。

 それ故に今回のように、何重にも張り巡らされた結界を破り、天界に放り込まれた事など無かった。しかも武器はヒノキの棒で、上半身を引き千切られている。

 怨嗟の言葉を投げ掛けようと思った時に、ふと自分も同時期に同じような事をしていたことを思い出した。邪悪な魂を持った男に、祝福ではなく呪いを与え、力の代わりに不幸が襲い掛かるようにした。そして更にその子供は、神の地上の代理人である聖騎士を倒す力を持った人の形をした悪魔、魔人となるようにした。だが、残念なことにその男の魂はネバダットが暫く目を離しているうちに探知できなくなってしまった。モンスターに魂ごと食われるなど良く有る事だ。また別の候補を探せばよいとその時は気にも留めなかった。

 だが、事ここに至っては1人でも手駒が欲しい。邪悪な魂を持った男の事だ、女を強姦しその女が子を身ごもった可能性は十分に有る。ネバダットは記憶に残る男の魂を探し始める。子供ならその片鱗が感じられるはずだ。

 そして、男の魂の片鱗だけでなく、男の魂も見つかった。男の魂の片鱗は自分をこんな目に合わせたゲイルに、そして男の魂はこの天界にあったのだ。


「なぜだ!なぜこいつの魂が天界にいる!」


 ネバダットは思わず叫ぶ。人間界で選りすぐった邪悪な男だった。間違っても天界に来れるような魂ではない。


「突然大声をだすない。何事じゃ?」


 アルマレックが大声で驚く姿はまるで人間の老人の様だ。かつて主神として軍勢を率いていた威厳は感じられない。


「こいつだ」


 ネバダットは空中に男の姿を映し出す。


「この方は主神イェルマ様の夫のベガ様ではないか。こいつ呼ばわりとは失礼な奴よ」


 アルマレックが映し出された人物の姿を見て答える。


「夫?夫だと……」


 ネバダットはアルマレックの答えを聞いて愕然とする。


「ふむ。驚くのは無理も無いか。確かにベガ様は人間であられる時に多くの罪を作った。だがイェルマ様と出会われ、愛し合い、そしてその内におのれの罪を後悔し、罪の重さに苦しまれたのじゃ。そして、遂にはイェルマ様に別れを告げ、官吏に自首し、死刑になった。その苦しみでベガ様の魂も浄化され、天界にて再び夫婦になられたのじゃ」


 神々にとって人の生き死には細かい事だった。そして、神々は細かい事は気にしない。戦争の英雄が悪人ばかりを殺したのだろうか?そんな事は無い。寧ろ下手な悪人より、善良な人間を殺している。ようは死んだ時に魂が善良だったら天界に行くのである。

 アルマレックが説明していくに従い、ネバダックはわなわなと震える。


「ん、どうしたんじゃ?」


「余はそのベガという男に呪いをかけた。不幸に見舞われ、神を憎むようになるようにな。またその子はお前達を倒す力を持つ魔人になる予定だった」


 その不幸がおのれの罪を後悔させるような聖母に出会う事だとは。確かにおのれの罪を後悔し苦しみ苛まれ、遂に愛すものを残し自首する事になるなど、不幸の中でも最たるものの一つだろう。だがそんな事が起こるとはネバダットも予想していなかった。


「な!つまり、イェルマ様の息子であるゲイル殿が勇者になり損ねたのはおぬしのせいか!」


「それを言うなら、魔人になり損ねたのはお前のせいだろうが!」


 2人はひとしきり、お互いをののしり合う。本来なら殺し合っても不思議ではない2人だが、ここは天界の中でも聖域の一つであり、もはや主神ではないアルマレックはかってに暴力は揮えない。またネバダットも弱った状態での戦闘は避けたかった。結果子供の様な口げんかの応酬になったのだ。


「はあ、はあ、つまりはゲイル殿は2重に力を得たわけじゃな。強いはずよ。ゲイル殿にとっては儂らは神に対するただの人間と同じと言う事か……なんという化物ができてしもうたんじゃ」


「はあ、はあ、そうなるな。まさかこんな事が起こるとは……」


「「はあぁ~」」


 2人は同時に盛大にため息をつく。神と魔王が互いに相手を殺そうとして創った生物の合作など、考えれば考える程恐ろしい。


「なんか儂がやってきたことが空しくなってきたわい」


「奇遇だな。余もそう思い始めたところだ。ところで参考までに聞くが、引退生活はどうだ?」


「良いぞ。肩の荷が下りるとこんなに軽くなるとは思わなんだ。こんな事ならさっさと主神の地位なんか放りだせばよかったわい。前任者として、たまに偉そうに助言してやればいいだけで、後は好きなように過ごせるからのう。まあ、取りあえず天界の安全は確保できた。儂は隠居したんじゃ。おぬしはおぬしの好きなようにせい。どうなるか、この池から眺めて置くことにしよう」


 アルマレックはどっかりと池のそばに座り込む。


「ふっ。あの男は余の娘に好意を抱き始めておる。後で吠えずらをかくなよ」


 そう捨て台詞を吐いて、ネバダックは池に飛び込んだ。取りあえず自分も何とか隠居しようと考えながら。

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