第12話 お披露目

「さてそろそろいいかしら」


 シャルペ侯爵家に来てから数か月が経ったある日、エイディン様と共に訪ねられてきたアマリア様から、ある提案をされる。


「あまり良い雰囲気を感じられないのですが……」


 私の隣に座るゼイン様が庇うように肩を抱き寄せてくれる。


 数か月一緒にいるので少しずつ慣れてはきたけれど、人前ではまだ恥ずかしい。


「まもなく選定の儀があるでしょう? そこでは大勢の貴族や王族の方が集まるわ。そんな中ではいつもよりも緊張してしまうと思うの。だから少しでも慣れるように、違った練習をしましょう」


「違った練習?」


「えぇ。いつも同じところで、同じ人にしか聞かせていないでしょ? 実際の事を想定して、もう少し広い場所で歌うのもいいかと思って」


 ちらりとゼインを見て、アマリアは目を細める。


「それに少しは外に出ることも大事ですわ。あまり大事にし過ぎて内々に囲ってばかりでは、息も詰まるというもの。フィリオーネ様にとってもよくはありません」


「そうだね、色々と経験するのはいい事だ。フィリオーネ嬢にとってもいい刺激になると思うよ」


 エイディン様もまた外に出ることを進めてくれる。


(そういえば外なんて、ずっと出ていないわ)


 ここシャルペ家へと連れて来られる時にちらりと見たくらいで、自分の足で歩いたりはしていない。


 街なんて数年ぶりのことだ。


 それに広い舞台で歌うなんて、滅多に経験できない。


(おじい様もおばあ様も、そしてゼイン様も私の歌をいいと言ってくれたし)


 怖いけれど、興味もある。


 それにもう一度両親と過ごした家に帰りたい。その為にはカナリアになる必要があるのだ


「二人共、あまりフィリオーネに圧をかけないでくれ。そういうのは本人の気持ちが大事だ」


「ゼイン様、私ぜひこの話を受けてみたいと思います」


 難色を示すゼイン様には悪いけれど、頑張ってみたい。


「私の歌がどれほどの人に届くかはわからないけれど、広い舞台で歌ってみたいです。今まで皆さんにたくさん応援してもらったんですもの、きっと大丈夫」


「フィリオーネ……」


 決意したのだけれど、それでも震える手を見てゼイン様が優しく包んでくれる。


「無理はしないでくれ」


「はい。でも大丈夫です。こうしてゼイン様が側にいてくれるのですから」


 それだけで、私は頑張れるわ。






 ◇◇◇






 連れて来られたのはアマリア様発案の音楽会。シャルペ侯爵に許可を取り、大きなホールを貸し切ったそうだ。


 飛び入りでの参加も歓迎しており、参加者にはアマリア様が記念品を渡すらしい。


 ちょっとしたお祭りとして意外と賑わいを見せている。


「フィリオーネ様の正体は明かさないわ。だからあまり気負わずに自由に歌ってちょうだい」


 個別の控室に案内され、いつもよりも厚めの化粧を施される。その上大量のお花で飾り付けられた帽子を目深に被せられた。


 ドレスも、いつもは着ない紫の色合いだ。ゼイン様からの強い要望で肌は見せないデザインとなっている。


「フィリオーネ様、そんなに緊張しなくていいのよ」


 アマリア様が私の両肩を抱いて優しく微笑みかけてくれる。


「あ、アマリア様。ありがとうございます」


「いいのよ、それよりもこの経験があなたの為になるといいわね」


「は、はい」


 会場に着くと思った以上に人がいて、大きな祭典に気持ちがまだ落ち着かない。


「何かあればゼイン様にすぐ言いなさいな。きっとあなたの力になるから」


「は、はい」


 アマリア様がそう言って指さしたのは、私と同じく変装したゼイン様だ。


 顔を隠すために仮面をしているのだけど、逆に人目を引きつけている。けれどゼイン様はあまり気にしていないみたい。


(その強さが羨ましい……)


 私も強い心を持ちたいわ。


「フィリオーネ、何かあれば即俺に言うんだぞ。誰が来ようが蹴散らすから」


「そこまではしなくていいですから」


 仮面で顔を隠しているけれど、声音から不機嫌さが漂って来る。


 きっと眉間には皺が寄せられているのだろうな。


「では私は客席で皆の演奏を聴きながら、フィリオーネ様の出番を待ちます。楽しみにしていますよ」


 赤い髪を靡かせ、アマリア様は部屋を出て行く。


(頑張らないと)


 アマリア様にはいつもお世話になっているし、このような舞台まで用意してもらったのだ、恥をかかせないようにいつもよりも気合を入れないと。


 控室にて軽く声を出しながら、私は出番を待つことにした。






 ◇◇◇





「緊張でお腹が痛い……」


 音楽会も終盤に差し掛かり、いよいよ出番が迫ってくる。


「そもそも皆私の歌を聞いてくれるかしら」


 名も実もない、それにこのようなところで歌った経験もない。


 それなのにきちんと声が出るだろうか。


「フィリオーネならば大丈夫だ、君の歌声は皆を癒す力をもっている」


 ゼイン様はいつもこうして応援をしてくれる。


「でも私、うまく歌う自信がないです。アマリア様に迷惑を掛けたらどうしようって」


 今回はアマリア様の名を借りての参加だ、推薦までしてくれるのに期待に応えられなかったらどうしようと、気持ちがどんどん悪い方向へと行く。


「うまく歌う事も、アマリア様の事も考えなくていい。フィリオーネが楽しく歌う事が大切なのだから」


「楽しく歌う? それでいいのでしょうか」


「良いんだ。歌う者が楽しくなかったら、聞く方だって楽しくならないだろ」


 先生やおばあ様にも言われていたのに、つい忘れていた。


(何の為に、誰の為に歌うのか。そこを大切にしないと)


 一番聞かせたい人の事を思って歌おう。


 私に出来るのはそれしかない。








 いつでも自分を応援してくれるゼインの為にと一生懸命歌う。


 愛しい人を想う歌。

 その歌声を聞いた皆は元気とそして愛しい人に愛を囁こうとなった。


 舞台の成功を自分の事のように喜ぶゼインを見て、フィリオーネも更に嬉しくなる。


 二人の距離は確実に近づいていた。

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