第8話 変化する日々

 カッツェ医師に診てもらった後は改めて侯爵様や他の方とお話を……と思ったのに。


「着替え、ですか? それなら家から持ってきたのがありますので」


「いいからいいから。今日はうちにあるのを来てちょうだい。エイディン様やアマリア様も来ているのですから、おめかししないと。着慣れないだろうから、着替えのお手伝いにはうちの侍女つけるわね。フィリオーネさんのメイドの方にも教えてあげてね」


「畏まりました。ではフィリオーネ様、ルミネさんどうぞこちらへ」


「「は、はい」」


 私とルミネは怯えながらヴィア様の侍女についていく。


「私の事はネイトとお呼びください」


 通された部屋にはずらりと侍女たちが並んでいる。


「この後は夕食となります。フィリオーネ様、失礼しますね」


「え?」


 服を脱がせられたかと思えば、通されたのは浴室だ。


「あ、あの自分で洗えますから」


「時間がありません、今はとにかく我慢してください」


 数人がかりで現れ、服を着せられ、髪をいじられる。


 一緒に来ていたルミネはただただ目を丸くするばかりだ。


 使うものもやり方もキャネリエ家とは違う事ばかりだ。


「今日はとても高貴な方々ばかりですので、くれぐれもお気を引き締めてくださいね」


「はいぃ……」


 ずっと緊張しっぱなしで、気を引き締めるどころか倒れてしまいそうだ。


「フィリオーネ様、無理なさらないでくださいね」


 ルミネが応援してくれるけれど、心が追い付かない。


「私、この後一体どうなってしまうのかしら」


 既に疲弊して気持ちも体もぐったりなのだけれど、まだまだやる事は続きそうだ。


 でも頑張るといった手前、何とか頑張らなくては。


 服を着せてもらい案内されたのは大きなドアの前。


 ネイトがドアを開けてくれたのだが、そこはまるで別世界だ。


 広い部屋に豪華な料理。照明もキラキラとしていて眩しいくらい、壁際にはずらりと使用人達が並んでいる。


 そして席には既に人が座っていた。


「フィリオーネはこちらに」


 ゼイン様が立ち上がり、私の手を引いてくれる。


 よく見ればゼイン様も着替えをしており、キャネリエ家に来た時とはまた印象が違う。


 髪も上げている為か、別な人のようだ。


「あ、ありがとうございます」


 席に座るまで手を借りてしまうなんて、甘え過ぎかしら。


 皆の視線が一気に集まってくる。


「いやぁ本当に可愛いね。フィリオーネ嬢はこういうところは初めて?」


 最初に話しかけてくれたのは、エイディン様だ。


「はい、慣れなくてドキドキしています」


 着慣れない服に見知らぬ人たち。この服をもしも汚してしまったら一体いくらするのだろう。


「リラックス、と言っても難しいだろうが、緊張しすぎて倒れないようにな」


「はい」


 シャルペ侯爵にも心配をかけてしまうなんて、本当に申し訳ない。


「自己紹介が遅れてすまない。私はヴァイド=シャルペ。ゼインの父だ。こちらは妻のオクタヴィア、さっき会ったからわかってるとは思うが一応な」


「もう自己紹介したものね、フィリオーネさん」


 ヴィア様は私に向かい手を振ってくれる。私も小さく手を振り返した。


「そしてこちらはエイディン様。一応ここシュヴァール国の第二王子だ。そしてこちらのアマリア様はエイディン様の婚約者である」


 さらりと説明してくれたのだけれど、もうそろそろ私倒れてもおかしくないんじゃない?


 そんな身分の方々が何故ここに?


「あのゼインがべた惚れだって聞いたから、見に来ちゃった。ゼインをよろしくね」


 エイディン様は気さくに話しかけてくれる。。


「ゼイン様にはエイディン様がお世話になっていますから、ご挨拶をと思いこちらにお邪魔しましたの。仲良くしてくれると嬉しいわ」


 アマリア様は優しく微笑みかけてくれた。


 今日一日でどれほどの寿命が縮んだのだろうか。


 その日の食事はもちろん味を覚えられなかった。





 ◇◇◇





 そんな転機の日から数日、休む間もなく怒涛のように時間が過ぎていく。


「ゼインと結婚となれば色々と覚えてもらわなければならない」


 行儀作法やこの国の歴史など、今までしてこなかった分の勉強が叩き込まれる。


「歌姫となるには歌が上手いだけではなく、教養も大事よ」


 ヴィア様も一緒に勉強を教えてくれるが、膨大な量を覚えなくてはならず、とにかく忙しかった。


 大変だけれど、覚えるのは楽しい。その中でも一番の楽しみは歌の授業だった。


「歌はとてもお上手なのですが、声の出し方や体力をつけるともっとお上手になりますよ」


 そう言って先生に歌を教えてもらうのだけれど、一人で歌っていた時とは全然違う。


「今まで何も考えずに歌っていたけれど、教わるともっと楽しいわ」


 ほぼ毎日のように歌っていたからか、体力もついてきて疲れにくくなってきた。


 おかげでここに来てからは熱も出していない。


 良い事ばかりなのだけれど、一つだけ気になることがある。


 それは歌の時には必ずゼイン様がいる事だ。


「ゼイン様、こっそりと覗くのはおやめください」


「すまない。あなたの歌をぜひ聞きたくて」


 注意をすると立ち去ってくれるのだが、いちいち言わなくもはならないし心の負担が大きい。


「ゼイン様はフィリオーネさまの事がとても大事なのですよ」


 先生にもそんな事を言われ、恥ずかしいやら照れくさいやら。


(まだそんな、心の準備も出来てないから)


 助けてくれたのには恩もあるし、こうして住むところも勉強の機会も与えてくれた。


 けれど結婚相手というのは、なかなか気持ちが追い付かない。


(だってまだ会ってからそんなに経ってもないし。好きか嫌いかと言われれば嫌いではないけれど……でもそれが恋とか愛とかはわからないもの)


 ゼイン様はなるべく時間を見つけて話をしに来てくれるし、好きとも言ってくれる。


(ゼイン様には他にもっと良い人がいるのではないかしら)


 自分ではなくもっと釣り合う女性がいるのでは考えてしまう。


(たとえばククルとか。ゼイン様は歌が好きなようだし、ククルの方が歌は上手だし。本当はお似合いなのでは)


 そんな風に考えていると、来客だとゼイン様に呼ばれる。


「フィリオーネ、おいで」


 ゼイン様は躊躇うことなく私の手を握り、歩き出す。


 最近こうして触れられることが増えてきたのだけれど、いまだになれない。


「来客ってどなたですか?」


「行けばわかるよ」


 エイディン様かアマリア様かしら。


 ゼイン様についていき、部屋に入るとそこにいたのは思いがけぬ人で、思わず涙が出てきた。


「おじい様、おばあ様も……」


 紛れもない、私の祖父母であった。


「二人はずっとフィリオーネを気にかけていたんだよ」


 ゼイン様に背中を押され、私は二人に駆け寄る。


「会いたかったわ。こんなに大きくなって……」


 おばあ様が涙を流しながら抱きしめてくれる。


「ゼイン様、ありがとうございます。孫娘にこうしてまた会えるなんて」


 久しぶりの再会に涙が溢れて止まらなくなった。








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