第9話 悪評と嘘

 しばらく三人で抱きしめ合い涙も落ち着いたところでゼイン様にお茶をすすめられる。


 泣いてしまったところを見られて、少し気恥ずかしさはあるけれど、温かいお茶で気持ちも落ち着く。


 一呼吸置いた後、今まで会えなかった理由を教えてもらった。


「ずっと俺達は騙されていたんだ。お前の叔父、セルガに」


「フィリオーネは誰にも会いたくないと言っているからと、屋敷に行く許可ももらえなかったの。手紙も受け取らないし、返事も書く気はなとだけ伝えられて」


「そんな子だとは思わなかったが、両親を亡くしてふさぎ込んでいるかもと強硬な手段はとれなかった。それに今はセルガが当主だ、逆らうことは出来なかった。」


 そのうちに私の悪評が流れ、親戚の間でも私に対して嫌悪感を持つものが出てきたらしい。


「中にはフィリオーネに会いに近くに行ったものもいたが、門前払いを食らったと。だが、押し切って会いに行けばよかった。そうすればこんなにも可哀想な目に合わせなかったのに」


「ごめんなさい。私がもっと勇気を出して外に出ればよかったのに」


「いや、それは違う。フィリオーネが外に出たいと言っても、あいつらは外に出す気はなかったはずだ」


 それは一体どういう事だろう。


「もうすぐ選定の儀があり、それで正式にカナリア令嬢が決まる。だが、フィリオーネ。あなたがその儀式に出なかったら、どうなる?」


「ククルが当主となるけど……でも私が出なくてもどうせ、ククルに決まるもの」


「いや、そうとは限らない。ラーナ様ならわかるでしょう? ククル嬢とフィリオーネ、どちらが選ばれるのか」


 ゼイン様はおばあ様に同意を求めるけれど、買い被り過ぎだわ。私はククル程上手ではないのに。


「えぇ、そうね。でも私の口からそれについては言えないの。でも上手いとか下手とかでは決まらないわ」


 前カナリア令嬢だったおばあ様は選定の基準を知っているの?


「何か、あるのですか? 選ばれる理由というか、意味が」


「ごめんなさいフィリオーネ、それは教えられない。でもね、頑張ったものにそれはついてくるの。だから努力する事は怠らないでいてね、そして何のために歌うのかを考えなさい。そうでないとカナリアには選ばれないわ」


 何のために歌うのか?


(私が歌う理由は……何だろう)


「上手に歌おうというものではなく、伝えたい相手を思って歌いなさい。そうすれば心に響く良い歌になるわよ」


「難しい……ですね」


 わかるようなわからないような。


 けれど、それならばククルが必ず選ばれるという事ではない、という事よね。


「おばあ様やおじい様は私の歌が下手とは思いませんか……?」


 昔ククルに言われたことはいまだ心に染みとなって残っている。


「下手なんて思ったことはないわ、とっても上手だもの。昔からあなたの歌を聞くと元気が出るし、あの日も、とても楽しみにしていたの」


 おばあ様の目には涙が浮かんでいた。


「フィリオーネの歌はいっとう上手いよ。聞くと心もワクワクする」


 おじい様も笑顔でそう言ってくれた。


「フィリオーネの歌声はとても綺麗で優しくて、ずっと聞いていたい。それはきっとフィリオーネの心根が優しいからだ。歌に人柄がにじみ出ている」


 ゼイン様の手が私の手に重ねられる。


「あなたはあのような目に合っても、不貞腐れることなく真面目に生きていた。誰を恨むことなく、誰も羨むことなく。そんな純粋な心に惹かれたんだ」


「そんな……買い被り過ぎです」


 おじい様とおばあ様の前でそんな風に言われると困ってしまう。また顔が熱くなってきたわ。


「もう、そんな風にいわれるとまた熱が出てしまいますから」


 手を離そうとするが離してくれない。


「最近は熱が出ることなく過ごせているから大丈夫だろう。きっとしっかり食べたり休んだりしているからではないか」


 それもあるとは思うけど、熱が出ないとは言えないのに。


「フィリオーネ、そう言う時は歌うと良いのよ。そうすると体がすっきりするの」


(そうなの?)


 思わぬ解決法だ。


「ラーナ様は、熱が出る原因をご存じなのですか?」


「えぇ。でも、今のこの子にはまだ教えられない。だからあなたにだけこっそり教えるわ」


 おばあ様はゼイン様にこっそり耳打ちをする。


 あっ、おじい様が凄い目でゼイン様を睨んでるわ。


「なるほど……そういう事だったのですね」


「あまり広めないでね。一応秘密の話だから」


 おばあ様は可愛く目を瞑るけれど、私は不満だ。


「何で当事者ではないゼイン様に教えるんですか、私も知りたいです」


「だってゼイン様は婚約者なのでしょ? 将来の夫だからいいじゃない」


 そう言われ、ゼイン様の顔が真っ赤に染まる。


「そう、ですが……俺がフィリオーネの夫と認めてもらって、いいのですか?」


「孫娘の為にここまでしてくれるのだもの、信じていますよ」


 おばあ様は優しい眼差しで私を見つめる。


「幸せになるのよフィリオーネ。いい人と出会ってよかったわね」


 その言葉でまた一つ、悩んでいたことから解き放たれた。


「ありがとうございます、おばあ様」




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