第4話 突然の追放
「蛇令息なんてこちらから願い下げよ!」
「恩知らずめ。どこへなりと行くが良い」
叔父とククルは呆然とする私を置いて足早に去って行ってしまった。
「どうしよう……」
まさかここを追い出されてしまうなんて。使用人達もあまりの事に戸惑っている。
「ひとまず俺のところにおいで、フィリオーネ。ついてくる気があるならば、皆も来てもらって大丈夫だ」
元はといえばゼイン様のせいでは? という言葉は飲み込み、皆の顔を見る。
ついて行っていいのか、残るべきなのか、決めかねているのだろう。
「もしここを離れてもいいと思うものがいるなら伯爵と話をし、正式に契約を終わらせてきてくれ。交渉が心配ならこのレイドを連れていくといい。その後改めてこちらと仕事の契約をしよう」
「給与や住むところも用意します。ですのでフィリオーネ様を支えたいと願うならば、ぜひ来ていただきたい。悪いようにはしませんから」
レイドと呼ばれた従者は笑顔で使用人達をつれて、叔父のいる本邸へと向かう。
皆が行く中、ルミネだけが残る。
「フィリオーネ様だけ残すのは心配です、あたしもここにいます」
「そういう忠義心の強いものがいるというのはいい事だ。大丈夫、フィリオーネ嬢には何もしないから、皆と共に行くと良い」
「でも……!」
「私は大丈夫、だからルミネも行ってちょうだい」
ちらちらとルミネは心配そうに振り返りながら、皆の後を追って本邸へと向かっていった。
「すぐに戻りますからね!」
大きな声と共にルミネの姿が遠ざかっていくのを見送る。
「良いメイドだな」
ぽつんと残された私は、改めてゼイン様を見る。
「なんで私たちの為にここまでの事をしてくれるのですか?」
追い出される要因を作ったのはゼイン様だけれど、それにしても親切が過ぎる気がする。
十人に満たないとはいえ、人を雇うのにはかなりのお金がかかるのに、それをあんな軽く引き受けるなんて。
「フィリオーネ嬢が幸せになるならば、なんでもするつもりで来たからな。それに手筈も整った、住む場所も確保している」
? 何を言っているのかよくわからないのだけれど。
「私の幸せを願うのなら、このままそっとしておいて欲しかった……ここを離れるなんてしたくなかったのに」
本邸には入れないけれど、お父様とお母様の思い出が詰まったここを離れたくはなかった。
それもこんな喧嘩別れのようなものでは、もう二度とここには戻って来れないだろう。
「しばらく帰ってこられないが、いずれここも本邸も取り戻すつもりだ。だから少しの間だけ辛抱してくれ」
取り戻す……つまり、私が当主となるということ?
「重ねていいますが、私はカナリア令嬢にはなれませんよ」
「あなたの歌には力がある」
ゼイン様は強く私を肯定してくれる。
「あなたの従妹、ククル嬢には技術はあっても人の心を動かす事は出来ない。それは天性のものだから。しかしフィリオーネ嬢にはそれがある」
「それにこのままここにいても、お金の代わりに誰かに売られるだけだ。知っているか? あなたの叔父は面倒をみる代わりに祖父殿や他の親類からお金をもらっているということに」
「おじい様から?」
そんなの初耳だ。
「フィリオーネ嬢のおばあ様もあなたに会いたがっている。それを知ったのもあり、強引ではあったが外に出る手段としてキャネリエ家に婚姻をもちかけた。最初からフィリオーネ嬢を名指しすると断られると踏んで、カナリア令嬢への求婚としたんだ」
どんどんと伝えられる情報に頭が混乱する。
「少し休憩しよう」
椅子に座るように促され、腰を下ろす。
一度腰を下ろすと、一気に疲れが出てしまった。
「疲れさせてしまってすまない。こういう事はタイミングと勢いが大事だからな、ここからは俺に任せて休んでいてくれ」
ゼイン様の命令で部屋のものが運び出され、次々と馬車に積まれる。
「あなたの部屋以外の大丈夫そうなものだけ運び出す。あなたの物は先のメイドが帰ってきたらにしよう」
手際よく運ばれる様から、これは計画されていた事なのが改めて伝わってきた。
「本当にここを離れるしかないのですか?」
叔父たちを怒らせてしまったこと、そしてここを離れることに不安でしかない。
「不自由も後悔もさせない。だから安心してほしい」
そうは言われても私はゼイン様の事を何も知らない。
この屋敷の外の事は全て叔父やククルから聞く話で、見るものはこの離れの近くしかなかった。
それなのに安心してほしいなんて、どうやって信用したらいいのかしら。
「今すぐに信用してほしいとは望まない。これから信用してもらえるように努力をするから」
声に出ていたのか、ゼイン様が優しい笑みを浮かべてそう言ってくれた。
申し訳なさと恥ずかしさで思わず口をふさぐ。
「そういうところも可愛らしい」
そんな事を言われるとますます恥ずかしくて顔が上げられない。
そしてゼイン様の口ぶりがやっぱり気になった。
(ねぇ、やっぱりあなたは私を知っているの?)
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