第5話 本物のカナリア令嬢

「ゼイン。カナリア令嬢について調べて欲しい」


「了解しました」


 言われたことを調べる、それが俺の仕事だ。


 「蛇」の名の由来の通り、少し特殊な力があるのだが、この力を生かして昔から諜報活動を行なっていた。


 縁あって殿下の側近となり、こうして、仕事に駆り出されるのだが、そこで思わぬ未来と出会ってしまった。


 それがフィリオーネである。





 ◇◇◇





 殿下の命のもと、昼と夜が混じる時間になってからキャネリエ家の敷地内に忍び込む。


 するとどこからか歌が聞こえてきた。


(これは、誰の声だ?)


 聞いていた話では今の時間は使用人しかいないはずだ。


(件のカナリア令嬢は夜会にて歌声を披露しているはず……ならばこれは使用人のものか?)


 カナリアのように美しい歌声を持つ令嬢の屋敷には、彼女に勝るとも劣らない歌声を持つ使用人がいるとでもいうのだろうか。


(俺としてはこちらの方が好きだな)


 カナリア令嬢とされるククルの歌は堂々と自信に満ち溢れたものだが、その声とはだいぶ違う。


 素朴だが心に染み入り、癒される。


(なんと暖かなものだ)


 まるで回復魔法をかけられたかのように、全身に活気が満ちてくる。


 俺は調査の事も忘れ、本邸ではなく、その歌声がする方へと足を伸ばした。


 すると本邸から少し歩いた場所に小さな離れが建っているのに気が付く。


(こんな所があったのか)


 歌声はそこからするようだが……。


「さすがはお嬢様、素敵な歌声ですね」


「いつもありがとうございます。本当にお嬢様の歌には癒されます」


「こちらこそ聞いてくれてありがとう。いつも嬉しいわ」


 身を隠して近づくと人の気配と声が複数あり、会話の内容も聞こえた。


 話す内容から歌っていたのはここの令嬢のようだが。


(そう言えば、ここにはククル嬢以外の令嬢もいたな)


 両親を亡くした彼女を、親戚である現キャネリエ伯爵が引き取ったという話を思い出した。


 病弱で歌など到底歌えないと聞いていたが、何かの間違いか?


 聞いた限り、しっかりとした歌声でとても声が出ないようには思えないが。


(他にもとんでもなく我儘で、欲しいものを与えないと癇癪を起こし暴れだす、その為親戚にも使用人にも嫌われており、孤立しているとの噂だったか……それにしてはおかしい)


 歌えない程病弱であれば、暴れるような体力があるだろうか。


 それにこれだけ素晴らしい歌を歌え、気遣いも出来る。聞こえてくる使用人の声も親しみのあるものだ。


 我儘で嫌われもの、という雰囲気は全く感じられない。


 そこからまた数曲歌い始めるが、穏やかな声と口調は歌声同様に安心感があり、聞けば聞くほど元気がわいてくる。


(一体どのような令嬢なのだろう)


 歌だけでは飽き足らず、どのような女性なのか興味が湧いた。


 見つからぬように気を付けながら建物に近づき、わずかなカーテンの隙間から室内を覗き込む。


(何と愛らしい少女だろう)


 派手な容姿ではないものの、清楚で可憐な印象を受ける。


 白い肌にふっくらとした唇、少し色素の薄い髪は金とも薄茶とも言える淡い色合いだ。それもあってか、ややか弱く見える。


「お嬢様、本当にもう外では歌わないのですか? お嬢様の声ならククル様に負けないと思うのですが」


「ククルと争うつもりはないわ、私は彼女ほどうまくないし。それに外は怖いの……皆にもう下手って言われたくない」



(彼女が下手? そんな訳が無いだろう)


 誰がそんな事を言ったのかと怒りがこみ上げる。


 しかし彼女がその言葉に傷ついているのは事実だ。何とか慰めてあげたい。


 それにこんなにも素晴らしい歌声なのに、このままここで終わらせてしまうのは勿体ない。


 何とかしてあげたいが……


「多くは望まないけれど、いつか気兼ねなく歌える時が来るといいな」


「旦那様もククル様も、フィリオーネ様が歌うことを許可してくれるといいでふよね」


(伯爵とククル嬢は彼女が歌うことを禁止しているのか?)


 このような素晴らしいのに何故隠す。


 そこからまた彼女は使用人たちに乞われるままに歌い、俺もまたその歌声から離れ難く、しばし聞き入っていた。





 ◇◇◇





「お嬢様、本日はもうお終いにいたしましょう。またお熱が出てしまいます」

 もうそんなに時間が経ったのか。気づかなかった。


「大丈夫よ、むしろ歌った方が体がすっきりするの」


「ですがそろそろ旦那様たちも帰ってきます。もしも歌っていることを知られたら、また罰を受けてしまいますわ」


 もはやキャネリエ家には怒りしか生まれない。その所業を聞けば聞くほど嫌悪感でいっぱいになる。


「もうそんな時間なのね……そうね、今夜は止めにしましょう。皆聞きに来てくれてありがとう」


 使用人たちがばたばたと部屋を出て行き、静寂が生まれる。


「今日も素敵でしたよ、お嬢様。本当に旦那様とククル様は何故フィオリーネ様が歌うことを禁止にするのかしら」


「私の歌はククルに及ばないし、下手だもの」


 そんな事は全くないのだが、どうにも彼女は自分に自信がないようだ。


「何を言うのです。あたしとしては、フィオリーネ様の方が余程上手と思うのですが。カナリア令嬢となるのは絶対にフィリオーネ様です!」


 俺もそう思う。ククルよりもフィリオーネの歌の方が、心に染み入るのだ。


「そんな事ないわ。さっ、この話はおしまいにしましょう」


 ……本当に下手だと思っているのだろうか。


 こんなにも素敵な歌なのに、伯爵が何故歌わせてあげないのか、甚だ疑問だ。


(ククル嬢と一緒に売り出せばもっと人も集まるだろうに)


 身内なのにその差は一体何故だろう。


 馬車の音が聞こえてきて俺は急いで屋敷を後にした。


「あっ」


 殿下に頼まれていた調査をすっかり忘れてしまった。






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