第14話 醜悪な愛憎

「ゼイン様、目を覚まして! その女はあなたを騙しているのです!!」


 突然の大声が響く、その主はなんとククルであった。


「ククル、あなたどうしてここに?」


「あたしがゼイン様に会いに来て何が悪いのよ!」


 悪いというか、会いに来る理由がわからない。


 それに私がゼイン様を騙してるって、どういう事?


「フィリオーネにあなたはふさわしくありません、それにあたしだけを愛してるって言ってくれたじゃないですか。何故その女に優しくするのですか!」


 ククルのよく通る声のせいで皆の注目も集まる。


(ゼイン様がククルを愛している……?)


 言っていることがわからず、私はゼイン様とククルを交互に見た。


 ゼイン様は私の引き寄せ、眉間に濃い皺を寄せて、ククルを睨む。


「そんな事は只の一度も言ったことはない。嘘を言うのは止めてもらおうか」


 ゼイン様の本気の怒りを感じて、私はぎゅっとゼイン様にしがみつく。


「ゼイン様こそもうフィリオーネを庇わなくていいのですよ。皆フィリオーネの本性を知っているわ。我儘で性格が悪く、人の婚約者を誑かす悪女。ゼイン様はそんなフィリオーネに脅されて、婚約を結んだだけ。でももうすぐその婚約も覆されます」


 ククルが笑顔でこちらに近づいてくる。


「さぁ偽りの婚約者なんて放っておいて、あたしと帰りましょう。シャルペ家へ」


 ククルが伸ばした手をゼイン様ではなく、従者のレイドがはじき返す。


「主に触らないでいただきたい」


 それを皮切りに護衛として来ていた皆が私たちを取り囲むように集まってくれる。


「すみません、対応が遅れました。シャルペ領に入ったとは聞いていたのですが、まさかこんな暴挙に出るとまでは思っておらず……最後まで二人のデートを静かに見守りたかったのですが」


 レイドがククルに触れた方の手を払う。


「汚物に触りたくはありませんでしたが、仕方ないですね。ゼイン様に触れられるよりはマシです」


 なかなか辛辣な物言いである。


「お前、何なのよ! 平民のくせに貴族に手を出すなんて、それにそんな暴言、許さないわよ!」


「主が狂人に襲われそうなのを見ているだけなんてはいきませんから、そしてあなたはゼイン様の大切な婚約者であるフィリオーネ様を侮辱した、これこそ許されることではありません」


 シャルペ家の護衛とキャネリエ家の護衛がにらみ合う形となる。


「ゼイン様の本当の婚約者はあたしよ、将来を誓い合った仲なのよ!」


「あいにくと俺は君と誓い合った覚えはない。それにこれを見ては、そんな事も言えないだろう」


 ゼイン様の指示を受けて、レイドが複数の手紙を出し、ばらまいた。


『あなたの気持ちは嬉しいわ、会えるのを楽しみにしている』


『次はいつ会えるの? 会えないの寂しいな……あたし○○様の事が大好きなの』


 どう見てもラブレターとしか思えない内容である。


 差出人はククルだが、宛名は……すべて違う男性のものだ。


「将来を誓ったという相手は一体何人居るんだ?」


 侮蔑するような冷たい声でゼイン様はククルに問い質す。


「違う、これは偽の手紙よ!」


「ではこれを鑑定に出そう。そうすればどちらが間違っているか、わかるはずだ」


 ククルが思わず怯む。


 もしもククルの言うように偽の手紙なのならば、そのような反応はしないと思うのだけれど。


「鑑定に出せばどちらが嘘をついているかはっきりとする。それとフィリオーネの悪い噂を流した犯人も捜していてな。まぁ誰が関わっているのかは、見当がついているがな」


 ゼイン様の目がより鋭くなる。


「『蛇』の嗅覚を侮るな。どう隠しても悪事は暴かれるものだ」


 ゼイン様から発せられる気配が変わり、ククルは怯えたような表情となる。


「何よ、あたしは悪くないもの!」


 ククルは民衆の鋭い視線に追われ、青ざめた顔をして帰っていった。


「皆騒がせてしまってすまないな。だが俺は尻軽な女は嫌いでね、あのような女を娶るつもりはないから安心してほしい」


 ゼイン様が一層私を強く抱きしめる。


「いい機会だから改めて言うが、フィリオーネは噂にあるような悪女ではない。見ての通り、あちらのククル嬢が問題を起こしていたのだが、キャネリエ家の現当主はあちらの味方だ」


 皆の視線が私に集まる。


「もうすぐ選定の儀がある。それによってフィリオーネはかククル嬢、どちらがカナリア令嬢となるのか……どちらが善でどちらが悪か、真実がわかるはずだ。それまでどうか静かに見守っていて欲しい」


 ゼイン様の声を受けて頷くものがちらほらと見える。





 ◇◇◇





 馬車に乗り込んだ後、ゼイン様は私を抱えるようにして支えてくれている。しかし言葉を発することはなく、しばし無言のまま時が流れた。


「ねぇ、ゼイン様……?」


 このままではもやもやとした気持ちだけ残ると思い、勇気を出して話しかける。


「ククルとは、本当に何もないのですか?」


「何もない。少しも、かけらも関係はない」


「ではどうしてあのような手紙を持っているの?」


 何もないのであればあのような手紙を何故持っているのか、どうやって入手したのか。


 キャネリエ家と関わり合いがないのであれば、あんなもの手にする事なんてないはずなのに。


 ねぇ何を隠しているの?


「ちょっと、仕事の伝手で手に入れたんだ」


「仕事って、エイディン様の補佐と話していましたよね? 民の要望を聞いたり困ったことを解決するって」


 そう聞いたいたのだけれど。


「それもあるが……俺の仕事はカナリア令嬢について調べる事だ」


「それでククルの事を調べたの?」


「そう、そしてあなたの事も」


 あぁ……それでゼイン様は私の事を知ったのね。


「何で、隠していたのです?」


「本当の事を言ったら嫌われると思った……こんな裏の顔を見られたくなくて」


 また眉間に皺が寄る。けれどいつもとは違い、その表情は泣きそうなものだ。


「嫌いになんてなりませんよ。そのおかげで出会えたのですから」


 何もなければきっとゼイン様に会うことなく生涯を閉じたであろう。


 シャルペ家にも来る事なく、アマリア様にも会えずに。


「安心しました、ククルと恋仲ではなかったことに。そしてはっきりとククルを嫌いだと言ってくれたことに」


 ゼイン様の手を握り、決意をする。


「絶対にククルには負けません、私、頑張ります」


 そして絶対にゼイン様も渡さない。





 ◇◇◇





 フィリオーネの悪評がどんどん塗り替えられ、ククルの悪評が増えていく。


 シャルペ領で行われた音楽会にフィリオーネが出たこと、そしてシャルペ領でのククルの振る舞いが話題となり、ゼインとフィリオーネの相思相愛ぶりとククルの横恋慕が発覚した。


 その為今までの噂が間違っているのでは? との話は流れ出す。


 そしてラミィとラーナが相次いでキャネリエ家への援助を打ち切ったことで、キャネリエ家の財政もやや傾き、それによる貴族からの信頼の失墜も、ククルの評価が落ちる後押しとなった。


 そもそも自分達で放ったことなのだが、自領民の信頼も損ねたのは痛手であった。


「もう外に出ることは禁止だ!」


 セルガはククルにそう命じ、夜会への参加も取りやめにする。


(これ以上余計な事をされては適わん)


 今、夜会に出れば根掘り葉掘り聞かれてしまうだろう。貴族、というか人間は醜聞が大好きだ。


 セルガは何がなんでもカナリア令嬢の地位を娘にとってもらいたかった。


 この屋敷を自分のものにするため、そしてかつての恋人との思い出を感じるために。


(私が先に好きになったのに)


 兄の妻を好きになったのは自分だ。


 カナリア一家に生まれたセルガもまた音楽が好きであった。フィリオーネの母は幼馴染で、音楽が好きでよく一緒に音楽の話をした。


 しかし彼女は兄を好いていた。


 苦しかったし、悲しかった。憎むこともあったけれど、忘れられなかった。


 そうしてその気持ちを忘れる為に兄が結婚した後は、自分もすぐに結婚した。


 子供が出来たと聞けば自分も頑張った。同い年の従姉妹が出来れば、同じ立場でいれば彼女に近づけると思ったのだ。


 愛しい彼女の子で、憎い兄の子でもある。


 フィリオーネに対する感情は複雑であった。


 守りたいけれど破滅させたい。そんな反する感情を持っていた。


 フィリオーネが自分達ではなく、ゼインを庇った時にその気持ちが爆発する。


 つい感情的になり追い出したが、すぐに後悔した。


 もっと大きくなれば彼女に似るだろうと思ったのだ。


 音楽会に出るという情報を内密に入手し、こっそりとフィリオーネを見に行ったのだが、そこで着飾り、皆の前で歌う彼女を見て確信する。


 彼女にそっくりなフィリオーネこそカナリアになると。


(ククルでは、カナリアにはなれない)


 その後何度もシャルペ家へと話し合いの打診をするが、まるで相手にしてもらえない。


 王宮にも除籍と婚約無効の届を出すが、こちらも受け入れてもらえない。


「正式な書類として受理されている。当人達の了承がないと無効だ」


 そうこうしている内にフィリオーネの身元は父が引き取ったようで、手出しができなくなる。


(こうなればフィリオーネが自らこちらに来るようにしないと)


 だがシャルペ家から滅多に出ないフィリオーネと話せる機会は訪れず、ククルのせいで護衛も厳重になってしまい選定の儀まで来てしまった。


 こうなれば実力行使だ。




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