第11話 転落

 フィリオーネがキャネリエ家を出てから数日後、キャネリエ伯爵セルガのところに親戚のラミィが訪ねてくる。


「聞いたわよフィリオーネの事、大変だったわね」


 連絡もなく訪れたものを普段なら入れないところだが、フィリオーネはもういない。


 それにたくさんの土産ももらった為、セルガはラミィを本邸へと招き入れる事にした。


(フィリオーネの新しい噂は順調に広まっているようだな)


 前々からの悪評も手伝い、新しい噂もどんどんと広まっているようだ。


 蛇のようだと有名なゼインの婚約者という事もあって、話の広まりが思ったよりも早い。


「そうなんです、酷いんですよ。フィリオーネったらあたしからゼイン様を横取りしたのです」


 わぁっとククルは顔を覆って泣く真似をした。


「こんなにも可愛いククルをこんな目に合わせて……本当にフィリオーネはひどいものだ。ずっと面倒を見て来たのに、後ろ足で砂をかけるような事をしおって」


 フィリオーネの評判が下がれば下がるほどククルの評判はよくなるだろう。


 そうなればククルはカナリア令嬢となり、国からも認められる存在となる。


(母上が引退してから数十年、カナリアはいなかった、だから二人のうちのどちらかはカナリアになるはずだ)


 今のところククルの方が評価も高く、色々な夜会に呼ばれて歌えば善意の謝礼金をもらえる程だ。


 中にはもちろん求婚してくるものもいるが、今はまだ決めかねている。出来れば家柄もよく王家からの覚えもいい所が良いと思っていたためシャルペ家も候補には上がっていたのだが。


(ゼイン様はとても条件が良かったのだが、くそ)


 だが、ゼインはククルではなくフィリオーネを選び、剰えククルはカナリアではないと侮辱までしてきた。


「ククルも大変だったわね」


 うんうんとラミィは頷いて同調してくれる。


「ところで、セルガ。気になる事を聞いたのだけれど」


「何でしょう?」


 ラミィは紅茶を口にしてからゆっくりと俺と目を合わせる。


「うちから渡したお金、きちんとフィリオーネの為に使ったかしら?」


「それはもちろん、当然ではないですか」


 背中に汗が伝う。


 フィリオーネが病弱な事。そして金遣いが荒く困っている事など、親戚中に話をし、いう事を聞かないから高い金を出して有名な家庭教師を付けなければいけないとして融資をもらっていたのだ。


「そう? ならいいのだけれど。どうにもおかしいのよね。私が頼んだ家庭教師が、フィリオーネに教えてないなんて言うのよ」


「それは……」


 家庭教師にはフィリオーネが嫌だというから教えた体でいてくれと頼んだのに。


 まさかバラしたのか?


「自分で教えていないのに、教え子とは言えないと言っていたわ」


「思い出しました、フィリオーネが嫌だと駄々をこねたので、フィリオーネが落ち着くまでしばらく休みにしてもらってたんですよ。そろそろ再開しようと思っていたのですが」


「あら、でももう嫁いでしまったじゃない。それにあなたは婚約するのなら縁を切ると除籍もしたのでしょ、もう家庭教師を雇う必要もないわよね。そもそも家庭教師を辞めて三年は経つと言っていたわ、今更過ぎないかしら」


 口の軽い教師だ。口止め料として多めに払ったのに、裏切りやがって。


(それにしても除籍の話も知っているなんて、もしやシャルペ家が話したのか?)


 フィリオーネはゼインの味方をし、俺に向かって謝るように命令をしてきた。なので少し反省をしてもらうようにと縁を切るといったら、ゼインの連れてきた従者が何やら契約書を出してきたのだ。


「ちょうどいいではないですか。フィリオーネ様のような世間知らずが実家の当てもなく嫁ぐなんて、ひどい目にあうしかない。除籍の書類を見せて脅せばああいう方はすぐに泣きついてきますよ。支度金もなしと言えば、シャルペ家でも立場がなくなり、謝りに来るでしょう。大丈夫、書類はここにありますから」


 そう言って書かせられたのだが、フィリオーネが帰ってくる気配はない。


「そうそう、教えてもないのにお金は受け取れないと、その家庭教師からお金も返してもらったわ」


「え?」


 ならばそのお金だけでも戻して欲しい。


「けどこのお金はもともと私の物よね? だからこのお金は渡せないわ。それと家庭教師代として渡していたお金も返してちょうだい。三年分よ」


 そんな事を言われるとは思っていなかった。こんな事なら家に上げなければと悔やむ。


「あと伝言だけれど、あなたのお父様とお母様も、フィリオーネの為に払っていた診察代を返して欲しいと言っていたわ。あなた、フィリオーネがよく熱を出すというのに、クイン先生に見せなかったそうね。先生もとても心配していたわ」


「べ、別の医師に診てもらっていたのですよ。先生もお忙しいと思って」


「何を言っているの。クイン先生以外の誰にも診てもらっていないくせに。知ってるんですからね」


 そのままラミィは立ち上がる。


「それとククル。あなたとゼイン様が恋仲なんて、そんな事実ないのでしょう? 第二王子であるエイディン様が噂の出所を探っているわ。このような嘘をつくとは悪質だと、犯人を捜しているみたい」


「え?」


 その言葉にククルは涙で濡れてもいない顔を上げる。


「今までは親戚だからとあなた方の話を信用したいと思ったけれど、もう無理。うちからの援助は切らせてもらうわ、それと今まで渡したお金も早く返しなさいね」


「お待ちください、ラミィ様!」


「ゼイン様のところに嫁げたあの子は幸せになれるでしょうね。除籍と聞いて最初は心配だったけれど、今は安心しているわ。このようなところに二度と戻らなくていいんだものね」


 ラミィは振り返ることなく行ってしまった。


「何よあのばばぁ。カナリアになれなかったくせに偉そうに」


 ラミィがいなくなった途端にククルが悪態をつくが、そんな事に構っていられない。


(援助が打ち切られる? それも一気に二家分も)


 いや、それだけでは済まないかもしれない。


 もしかしたら他のところの分も。


「これからお金がかかるというのに……」


 恐らくフィリオーネは選定の儀に出るだろう。


 評判が悪ければ、票などけして集まらないと思っていたが……この分では危うい。


 それにククルの衣装代もある。


 カナリアとして夜会に呼ばれる度に、ククルはドレスを新調していた。


 良い嫁ぎ先が見つかるかもという期待の上だったが、第二王子が噂の出所を探しているのならば、ククルについて不利な事が起こるかもしれない。


 噂をばらまいていたのは自分達だから。


「何とかしないと、何とか……」

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