東雲は見た
結局、一年前のあの事件は容疑者死亡で送検された。死亡者は六十人、怪我人は百二十人だった。
わしは怪奇学者として、警視庁に呼ばれたが、スケルトンの解説をしても何も理解してもらえなかった。「
「なるほど。それは災難でしたね……」
記者はうんうんと楽しげに頷いた。
「こんな部屋を作っているわけだ、それなりの知識は仕入れている。メディアにも時々出るというのに、なぜ信用してもらえないかな……」
わしはそっとため息をついた。
記者は応接間を見回す。応接間と言っても、四つの部屋があるマンションの一室の一部屋だが、壁に飾ってあるUFOやネッシー、妖精、幽霊の写真が放つ異様な空気に関心を持ったのだろう。
ハロウィーンのスケルトンは、いつの時からか毎年出没している。
十月三十一日に、どこかの都市でスケルトンは生まれるのだ。実際、十月三十一日の大都市の殺人事件はある程度多くなっているらしい。本当か嘘かは別として。
普通のスケルトンは墓場に出没し、軽快に踊る。危害は加えないが、倒しても全身の骨が復活し、また踊り始めるというのだ。
ハロウィーンのスケルトンはまた一味違うようで、夜になるまでは普通の人なのに、だんだんと体が透けてゆく。その間は、知人以外は普通の人間に見えるそうだ。
「もっとも、知人と言ってもどの範囲が知人なのかは分からないがね」
完全に透けると、身体は四散し、服を着たスケルトンとなる。そこまで行けば他人を襲い始め、姿が他人にも見えるようになる。
「で、十二時になれば突如、骨がガラガラ音を立てて崩れ、終わる。元々の人間はこれで死んでしまうということだ」
恐ろしい顔を意識して、身振り手振りを通じて恐怖を伝える。怪談士としての経験がまだ生きてしまっている。
「す、救う方法は無いんですか?」
だんだん顔が硬くなってきた記者を見て、わしはほくそ笑む。
「うーん、喉仏の骨、あるよね。お葬式とかでもそれだけ別に取ったりするけど、それが結構大事で、あれを一度抜いて、それをすぐにはめ直せば、少しすると戻るらしいとか言うが……。実際、そうなった試しはない。しかも、それをして効果が出るのは、『知人』がした時だけと言うから。ウフフフフ」
「な、なるほど……」
完全に怖気づいてしまったようだ。だが、ここまで来ると手を緩めることは許されない。
「ま、どうせ元に戻ったところで殺人犯だけどね。フッ、グフフフフ、フフフフフフフフフ」
まるでスケルトンを見ているかのような目で記者はわしを見つめている。
「東雲さん、スケルトンになる人ってどんな特徴があるんですかね」
「さぁ、まだ分かっていませんけれど……老若男女、住み家問わずですからね……日本のどこかで今日も出てきているわけですけど」
「うーん。日本の都市って言っても、どこまでなのか、っていう問題もあるし。県庁所在地なのか、政令都市なのか、あるいはこの福岡や東京、大阪、名古屋、横浜とか限定なのか……」
「謎、としか言いようがないね。でも、これは面白い研究テーマになる」
フッフッフ、とわしは笑った。さぁさぁ、今年は誰が犠牲になるのだろうか。
「それでは、今日はお暇します。また今度来させていただきますね。……そうだ、仏壇に」
仏壇の名詞を出され、わしは少し悲しい気分になる。
「いや、いいよいいよ」
「いやいや、ずっと連れ添ってこられた奥さまですから。この間亡くなったのですか?」
「……まあ」
「ご愁傷さまでした」
チーン、チーン
異様な雰囲気を放つこの応接間で、おりんの音――死者と対話する音は、ひときわ高く響いた。
さて、福岡のバカ騒ぎも始まり始めたところだ。日も沈み、さらににぎやかになる。
「さぁ、今年の犠牲者は誰だ?」
わしは気分よくマンションを降りていく。
「ハッピーハロウィーン!」
隣の家の子供が満面の笑みで、お化けの仮装をして近寄って来た。
「お菓子か。うーんお菓子は……ん?」
と、小さなお化けはさっきまでの笑みを崩し、怯えている。
「おじさん、どうしたの……?」
「どうしたって?」
ニッコリして近づこうとすると、慌てて彼は逃げていった。さらに、玄関でも知り合いの数人が声もかけず、異様なものを見たような眼差しでコチラを見つめていた。
――何なんだ? 何かのドッキリか?
わしはボリボリと頭を掻いた。
そして、気づいてしまった。自分の腕が、透き通っていることに。
「は、え、わ、わしか……」
呟いているうちに、身体が一気に吹き飛んだ。
(わしが犠牲者になるとは……た、助けてくれ!)
だが、わしの耳に入ってくるのはヒャヒャヒャヒャヒャヒャという高笑いだけだった。
何やら、勝手に骨だけの身体が躍りだしている。
(や、止めろ、止めるんだ)
しかし、骨は止まらない。冷たい風がピューと吹く。スカスカの身体にこれは堪えた。
「キャァッ!」
「イヤァッ!」
何者かに乗っ取られたのか、身体はグングンとスピードを上げた。そして、若い女に追いついた。
(ダメだ、それだけはあってはならん!)
身体は彼女のスカートをつかみ、地面になぎ倒す。
(いかん!)
グシャッ、という、六十年生きて初めて聞いた音が耳に、いや、ただ在るだけの使い物にならない意識に飛び込んできた。
(誰かわしの喉仏を……)
と、思ったところで、記者に語ったあの言葉をわしは思い出していた。
ハァ、と溜息をつく。無論、実際はヒャヒャヒャという音がこだますだけ。
わしは諦めて、どんどんとえぐり出されていく女の紅色の脳天を傍観していた。
ハロウィーンの凶悪な踊り DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555
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