髙松は見た

 大雅たいがが待ち合わせ場所にいつまで経っても来ず、渋谷の至る所を探しても出てこなかった。もっとも、十月三十一日の渋谷の街から一人の人間を探そうということが、無謀だったのかもしれないが。

 ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ

 一瞬、信じられなかったが、あれは確かに大雅の笑い声だった。普段は声が低く、イケボと呼ばれる部類だが、笑う時は一気に声が高くなるのだ。

「……そういう感じなんです。刑事さん」

「そうですか……髙松たかまつさん、石川いしかわ大雅さんとはどのような人物だったか、教えていただけますか?」

 目の前の、渋谷しぶたにという刑事は、淡々と質問をしてくる。

 オレとしては、やや白けてしまうような感じだった。

「うーん、大雅は……」

 肩が、ズキッと痛んだ。



 🙁



 オレと大雅が知り合ったのは、大学の中国語教室だった。

「なんだ、見慣れない顔だ」

「ちょいと、中国語を勉強しに来てね。君は?」

「僕は石川大雅。外交官を志して、中国語を専攻している。君は」

「オレは髙松啓二けいじ。編集者目指して外国文学を研究してんだけど、中国の小説を読むのに中国語が必要になってな」

「そうか。そんなチャラい格好して編集者……」

 呆れたような眼差しで言われ、オレは自分の上下の服を撫で回した。普通の制服。少しだけ金髪に染め、少しだけ髪を伸ばしてはいるが……。

「まあいい、僕が教えてやるよ」

 その日から、オレと大雅の交友が始まった。




 中国語専攻の人たちと学食を食べた時のことだ。

「啓二君って、何でそんな少しだけ金で少しだけ伸ばしてるの?」

 同級生の女子がオレに話を振った。

「んー。まあ、サッカー元々してたから、井頭いとうって言う選手に憧れてさ」

「憧れてんのに、サッカー選手にはならないのか」

 四年の先輩が質問した。

「うーん、まあ……」

「止めといて正解だったと思う」

 丸テーブルのみんなの視線が一気に大雅に集まる。

「中途半端に染めて伸ばしてしてるヤツが、大成するとは思えない。それに、憧れてるレベルなら、絶対に超えることが出来ない」

 シーン、と辺りが静まり返った。

「だけど、中途半端ってさ、まだ途中で端の半ばってことだろ? ここで別方向に道を変えられたのはすごいことだ」

「お、おぉー」

 褒められているのかけなされているのか分からないが、後輩の女子の反応で、みんなニコッと笑い、大雅に拍手を浴びせ始めた。

「じゃあオレがプロで活躍してたらどうするんだ」

「そうだな、泣きながらサイン頼みに行くわ」

 すかさず大雅が被せ、瞬く間に一瞬冷えた空気は温かくなった。

 大雅は分かりにくい人間だが、それと同時にこれほど面白い人間もいなかった。そう思っているヤツは、多分オレだけじゃない。



 🙁



「なるほど……誰かから嫌われたり、なんてことはありませんでしたか?」

「いや、ありません」

 渋谷刑事はぽかんとした顔をしていた。

「へぇ。嫌う人もいるかと思ったんですが……」

「辛口で分かりにくいですけど、でも確かな優しさがあって、情熱もあった。ついでに顔も良いし。誰もに認められていましたよ」

 断言できる。

「それでは、最近何か石川さんの変わったところってありましたか?」

「うーん、そうだな……この前お母さんが無くなって、ものすごいテンション低くなってたことと、寒い部室で柔道の稽古してたのに急に寒がりになったことですかね」

「寒がりか……」

 我が意を得たり、と言う顔で渋谷刑事は頷いた。

「それでは、今日の行動を教えてください」

「……もうすぐ十二時か。今日は、波乱ですね……」



 💀



 電車を取り逃がし、渋谷駅に着いたのは九時半ほどだったか。二十分くらいに着く予定だったが、十分の遅刻。が、ヤツはハチ公の前にいなかった。

 十分待ってもそれは一緒で、オレは居ても立ってもいられなくなり、彼の携帯電話に掛けた。だが、何十コールしても大雅は出なかった。

 胸の中がモヤモヤとし始める。

 オレはいよいよ渋谷の街へ繰り出したが、様々な仮装をし、仮面をかぶっている人もたくさんいるわけで、見つけることは毛頭出来なかった。


 そのうち、騒ぎが大きくなってくる。


 渋谷はパニック状態となり、怪物に殺されたのか、それとも人に踏まれたのか、歩けば屍がそこらに横たわっている。頭が陥没している者や、内臓が出ている者、片目がえぐられている者など様々で、オレも五回くらいそれを踏んだ。

 その時のヌメッという感触とグチュッという音はとんでもなく気持ち悪くて、オレは死体の上に吐いていた。


 そして、十時半ごろ、ついに見つけた。

 青いジャケットを着たガイコツが、軽快にダンスを踊りながら暴れ回っている姿を。

 オレは駆けだした。

 ガイコツ……大雅はこちらを向いた。そして、軽快に踊りながら叫び声を上げ、歯をガチガチ鳴らしながら近づいてくる。

「止めろ!」

 オレは雨で濡れた渋谷路上にスライディングし、大雅を倒す。

「大雅、そんなことは止めろ!」

 腹を殴るが、バラバラと散らばった骨は見事に再結集し、再び襲い掛かってくる。

 ガチガチガチガチガチガチガチガチガチ

「ダメだ!」

 オレは再び立ち上がる。今のオレには大雅を救うという使命感しかなく、縛り付けるものは何もなかった。

「がっ」

 突如、肩から血が吹き上がる。それでも、オレは、大雅の首根っこをつかんだ。

「目を覚ませ、大雅!」

 首の骨のいくつかが散らばる。

「ク、クゥェイヒィ……」

 ――喋った?


「ス、マ、ン……」


 刹那、オレは顔面を腕の骨でなぎ払われた。大雅は少しその場に留まってコチラを見ていたが、やがてまた、嗤いながら歩いて行った。



 💀



「それは大変だ……」

「大雅は、『啓二、すまん』って確かに言ったんですよ。間違いなくあれは石川大雅です。どうにか救えないものか……」

「警察でも、怪奇学者の方に色々聞いているのですが……」

 渋谷刑事はがっくりと項垂れ、力なく首を振った。と、彼の無線が鳴る。

「はい……えっ……? そうですか、分かりました」

 渋谷刑事は目を見開き、驚きを隠せぬままだった。

「どうしたんですか?」


「……それが、ガイコツが急に動きを止めて、倒れたそうです。骨がバラバラになって、音も無く静かに」


 オレは、それからどうしたのか、覚えていない。

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