番外編 海での試験は危険がいっぱい?
ブラハウ伯サイヌスが治める港町ブラハウ。
シュカたち一行は、青竜神殿を訪れるため、この街に来ていた。
「海の匂いがするね」
「ああ。潮の香りは久しぶりじゃねえかな。それこそヤツを倒しにきて以来だしよ」
背中の剣を親指で差すヨルゲンに対して、シュカは頷く。
「そうだよね」
「ずいぶん前のことみたいだなあ」
「十六年前だもん」
「っかー! 俺も年取るはずだ」
町の外門から中へと一歩踏み入れたヨルゲンは、大きく伸びをしながら歩く。隣を歩くシュカは、キョロキョロと街並みを観察している。
その後ろを歩くジャムゥとウルヒは、日差しの強さに思わず顔をしかめた。レンガが敷き詰められた道は、歩く度に砂埃で靴底がじゃりじゃりと鳴る。朝水揚げされた魚介類を運ぶ漁師たちの、活気のある声がそこかしこから聞こえる。
「うみ? ってなんだ?」
好奇心に目を輝かせるジャムゥに、ウルヒが優しく諭す。
「後で見られるさジャムゥ。青竜様がいらっしゃる神殿は、海っていうだだっ広い水の上に浮かんでいるからね」
「水の上……どうやっていくんだ?」
「一日に一回だけ、道が現れるのさ」
「へえ。見たい!」
はしゃぐジャムゥに、首だけで振り返ったシュカが笑う。
「まず、ギルドに行こうね」
「今じゃないのか」
途端に
「まだ時間はあるから、大丈夫だよ」
「……わかった……」
「んなぁ~ん」
肩に乗った黒猫姿のアモンが、慰めるように鳴く。
自我の生まれたジャムゥは、それを持て余す時が度々あった。
「思春期みたいなものかなぁ。ね、ゲンさん」
シュカがヨルゲンにそう同意を求めると、たちまち眉尻が下がった。
「俺からすりゃ、お前もだろ。もちょっとワガママでもいいんじゃねえの?」
「え」
「俺が言えたことじゃねえけどな。今のお前を大事にしろ」
「ピルッ」
「今の、僕……」
少年少女を、大人であるヨルゲンとウルヒがそれぞれ優しく見守りながら行くと――目の前が突然開けた。
「うわぁ」
「きれいだ!」
街は、入り口付近が一番高い丘の上の部分だったらしい。
視界が開けたかと思うと、突然眼下に、白い土壁に青地のタイルが貼られたたくさんの建物が見えてきた。
屋根は青く塗られていて、遠くに広がる真っ青な海と同化しているようだ。
「でっかい水! あれが海か!?」
赤い瞳が太陽光で活き活きと輝いているのを、まぶしいとシュカは思う。
「そうだよジャムゥ。な、後ですぐ行けるだろう?」
「うん、ウルヒ! アモン、楽しみだな」
「んなあん」
「ふふ。すごく綺麗な街だよね。全部が青くて」
「そりゃあ嬉しいねえ。青竜様のお膝元だからよ」
背後から突然掛けられた野太い声に振り返ると、褐色肌に明るい茶髪の男が立っていた。
ヨルゲンと目線が合うくらいの長身で、細身だがよく鍛えられていると分かる体躯に、頭には青い布を巻いている。ラフなチュニック姿で、漁師のような見た目だ。腰にはシャムシールと呼ばれる、刀身が弓のようにしなった曲刀を下げていた。
「ようこそ、ブラハウへ! 俺はここの冒険者ギルドの統括してる、マノスってもんだ」
「はじめまして、マノスさん。僕は『天弓の翼』のリーダー、シュカです」
笑顔で差し出すシュカの手を、マノスはがっしり掴んで握手をした。にかっと笑う前歯の白さが、褐色肌と相まって目立つさわやかさ。
「街中ですまんな! ギルドはこっちだ」
促された冒険者パーティ『天弓の翼』は、帝国ギルド支部の中にある応接室へと通された。シュカとジャムゥがソファに座り、ヨルゲンは行儀悪くソファのひじ掛け部分に中腰で寄りかかり、ウルヒは肩にウルラを乗せたまま両腕を組んで、入り口扉の隣の壁に背をもたせかけて立っている。
「ギルマスのボボムから連絡は受けてる。だから面倒な手続きは特にいらないが、念のためカードだけ確認させてくれ」
「はい、もちろんです」
素直に全員が懐から冒険者カードを取り出すと、マノスは眉根を寄せた。
「BとかDとか、正気か?」
「え。ボボムさんから聞いてなかったですか」
「聞いてた! けどよ、全員Sでも足りないぐらいだろ! なんでだ!? 救国のパーティだぞ!」
ウルヒが背後で肩を竦めた気配がする。ウルラがホッと小さく鳴いたからだ。きっと起こされたのに抗議しているんだな、とシュカはふっと息を吐く。
「うーん。俺はBのままでいいけどな。まあでもシュカたちはCぐらいに上げるか」
ヨルゲンがぽりぽりと頬をかくと、ウルヒが冷たく言葉を放つ。
「ゲンはSカードに戻せ。管理が面倒だ」
「そうだけどよ~」
「シュカとジャムゥはこの際Aに上げよう」
「えっ」
「エー?」
「Sランクふたりとパーティ組んでるのがCとDランクのふたりじゃ、計算が合わない。それに」
ソファから振り返るシュカに、ウルヒはさらに畳みかけた。
「これからヨーネットとやり合うつもりなら、手持ちの武器は増やしておくべきだ」
「!」
氷の精霊レモラを抱える雪国ヨーネット。過去からの因習にとらわれたままであるならば、ウルヒの言うことも最もだなとシュカは思い直した。
「っとでもDからAって……」
そろりとマノスを見つめると、にか! っとまた真っ白な歯で笑われた。
「言っただろ? ギルマスから話は聞いてる。ちゃんと用意してあるぜ、試験」
「「「試験!?」」」
「?」
「三段階上げるんだ。前例として申し分ないやつをやらないとな! っかー、楽しみだ!」
ヨルゲンが、苦笑する。
「勇者と魔王を試験、ねえ」
「しけん、てなんだ?」
きっと楽しいことに違いない、とワクワク顔をするジャムゥを、シュカは優しく
「……どのぐらい強いか確かめること、かな」
「!!」
「でもジャムゥは、全力出すのやめとこうね」
「なんでだ!」
途端に頬を膨らませるジャムゥ。
「なんで、ってだって」
「シュカはずっと、お説教ばっかりだ。あれしちゃだめ、これしちゃだめ」
「う」
旅の途中ではしゃぎまわる彼女を、ずっと我慢させてきた自覚はある。
「強さ確かめるなら、思いっきりやる!」
止められるのはマノスだけかなと見やると、ジャムゥ以上のワクワク顔だったので――シュカはそれ以上何か言うのをあきらめた。
◇
「シーサーペント?」
「おいおい、マジで言ってんのか?」
沿岸までやってきたシュカたちは、海に大きくせり出している橋のような岩石の上にいた。
「ああ、本気だ。だってDからAだぞ? ふたりだけで、倒してくれ」
マノスは腕を組んで渋い顔をしているが、よく見ると口の端がぴくぴくしている。あきらかにワクワクを我慢している様子に、シュカはまたハァと溜息をついた。
「ふたりだけで倒すのは分かりましたが。何体倒せばいいですか。条件とか制約は他にありますか?」
「え?」
「魔法禁止とか、武器禁止とか」
「ええ!?」
目を白黒させる様子のマノスに、シュカはごほんと咳ばらいをして言い直した。
「……とにかく、一体倒せばいいんですね?」
「ハイ」
思わずカタコトになったマノスに頷いてから、シュカはジャムゥに向き直った。
「ジャムゥ。シーサーペントは、大きな海蛇だよ。長い尻尾と硬い鱗、それから歯。油断すると食われる」
「魔法してくる?」
「してこないけど、鱗で弾かれるから効きづらい。絞め殺すか噛み切るか食われるかされる」
「ふうん。ふたりだけ、ならアモンも留守番だな!」
「んにゃぁ……」
渋々、といった様子で黒猫が肩から地面にしゅたんと降り立った。
「ならキースも、留守番かな」
「ピルッ」
シュカに言われるやキースはばさばさと飛んで、ヨルゲンの背中にある『
「あだっいだっ、なんだよキース」
「ピッ」
「大丈夫だよ、キース。すぐ終わるさ」
なだめるウルヒに従っておとなしく羽繕いを始めた様子を見て、シュカは眉尻を下げる。
「……ジャムゥ、いこっか」
「ん!」
キラキラした笑顔を見て、我慢させすぎたかもしれないなとシュカは反省をする。
「ねえジャムゥ」
「なんだ?」
「Aランクになったら、
「!!」
無言でぶんぶん首を縦に振ると、耳に着けている大ぶりのピアスが揺れて日の光を反射させる。
「ふふ。さ、まずは試験、がんばろう!」
「おー!」
シュカは懐から魔法の杖を取り出す。普段は使わないが、先端に白い魔石がついているものだ。
「
さっと杖を振るうと、青空に白い魔法陣が描かれ、眼前の海が割れた。
「ええっ!?」
マノスの悲鳴にも似た声を背後に残して、シュカとジャムゥは飛び上がったかと思うと、珊瑚や砂地がむき出しになった海の底をタタタと走っていく。
「えぇ~……」
朝の漁が終わって昼までの、漁師たちの休憩時間ということもあって、次々と見物客が岸壁近くを訪れていた。
「おい、なんだありゃあ!」
「魔物か!?」
「海が!」
「割れてる!?」
口々に驚きの声をあげる人々に、ヨルゲンが「危ないから、下がっといてくれ~」と声を掛ける。
ウルヒはさりげなく、巻き添えを食わないように風の
「おいマノス」
「へ? はい」
「倒すのはいいんだけどよ。その後どうすんだ」
「え?」
ヨルゲンののんびりとした声に、前方を見ていたマノスはだらしなく口を開け放したまま答えることができなかった。
銀色の鱗をギラギラと光らせ、体全体を波打たせるシーサーペントが――青空に向かって断末魔を放っていたからだ。
背びれに手を掛けながら背中を駆け回るジャムゥ(満面の笑顔だ)の動きに合わせて、びちびちと跳ねる身体。その体表面を黒い雷のようなものが駆け抜けていく。シュカはシュカで、今以上動かないように次々と麻痺や結界の魔法を放っていた。
――ギャオオオオオン!
バシャーーンッ。
跳ねあがった長い尾を力なく倒したかと思うと、ビリビリと痺れた様子で頬を海底に付けたシーサーペントを、ヨルゲンたちは岩の巨大な橋の上から見下ろしている。
「素材になるのは、頭のてっぺんのトゲだけだぜ。あとは加工してもすぐ腐っちまう」
「はあ」
「トゲだけ持ち帰ればいいか? 討伐証明」
「はあ」
「おーいシュカー、ジャムゥー。トゲだけで良いってよ~」
「ゲンさんたら……音石で聞こえてるよ」
「わかった! トゲ、取る!」
「はは」
ブラハウ沖で数々の漁船を沈ませた海の魔物、シーサーペントが、瞬きをしている間に倒された――
漁師たちは真昼間だと言うのに、酒場でエールの杯をぶつけ合い、祝杯をあげたのだった。
◇
潮の満ち引きで、干潮時一日に一度だけ現れる、小島へ続く岩の道。
「金色、きれいだ」
しっとりと湿ったその道の上を青竜神殿へ向かいながら、ジャムゥは新しいギルドカードを両手で空にかざすようにして見ている。Dランクの青銅から一気に金になった。カード自体も価値があり、食うに困った冒険者が売ることもあるとか。
肩に乗ったアモンが「良かったですね」と言わんばかりに頬をすりつけている。
「よかったね、ジャムゥ」
「ん。シュカ、嬉しくない?」
「え? ああ、嬉しいよ」
本当は、複雑な胸中だ。
なにせ、十五歳でAランクは世界最年少に違いないのだ。否が応でも注目されてしまうだろうし、自分が何者かもすぐに分かってしまうだろう。
「心配すんなよ、シュカ」
「そうさ。あたしたちが、一緒に背負うよ」
「ゲンさん。ウルヒ」
「俺なんざ、最近人相までバレてきてっからよ~。せっかくきたねぇカッコしてんのに」
「あんたは好きで汚いんだろうが」
「そう言うなよウルヒ~」
「ヒゲ剃れって言ってるだろ。痛いんだよ」
するとジャムゥが「なんでウルヒが痛い?」と邪気なく振り返った。
「あーとねーえっと」
シュカが誤魔化そうとしたのにも関わらず
「そりゃ、キスとか頬ずりとかしたら痛ぇだろ」
ヨルゲンがあっけらかんと言い、
「っっ」
照れたウルヒがプレートアーマーの隙間から横腹に肘鉄を食らわせていた。
「いで! おいウルヒ! 折れたぞ!」
「貧弱になったな! オッサン!」
「あんだと!?」
「んも~夫婦喧嘩はよしなよ~」
そうして話しながら歩いていると、眼前に見えてきた神殿の屋根の上に青く光る何かが浮かんでいる。
『はーっはっはっは。仲良きことは良いことかな』
「青竜様!」
シュカが思わず呼ぶ目線の先には、青く光る鱗を持つ、巨大な翼竜。しかも肩には、小柄な赤い竜が乗っている。
「あれ、火竜様まで」
「ウダカとアウシュニャも、ふーふ」
「あ、そっか」
ジャムゥの無邪気な言葉にシュカが相槌を返すと、
「オレとシュカも、ふーふ!」
にか! と笑った後で腕に抱き着かれた。
「えっ」
「ちがうのか?」
「ええっと、えっと、えっとね!?」
激しく動揺するシュカに、ジャムゥは続けて明るく言う。
「なかよしのおとこと、おんな。ふーふ! だろ?」
ヨルゲンは、にやっと笑いながらウルヒの腰を抱き寄せた。どうやらあばらが折れたのは嘘だったらしい。
「そうだな!」
「ったく調子の良い……シュカ、どうするんだい」
どんな魔法体系も、竜の試練も敵わないような難題に、シュカはうーんうーんとしばらく唸った後で。
「あ。ジャムゥ、僕まだ大人じゃないんだった」
「おとな?」
「うん。こどもはね、ふーふになれないんだよ」
「! そっか……じゃ、おとなになるまで待つ!」
――とりあえず数年だけの猶予を得たのだった。
🌈 天弓のシュカ ~勇者の生まれ変わりの少年は、おっさん剣聖と共に七色の魔竜を巡る旅に出る~ 卯崎瑛珠@初書籍発売中 @Ei_ju
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