仲間は多いほうがいい

尾八原ジュージ

仲間は多いほうがいい

 実家を飛び出したあたしは、とりあえず彼氏のアパートに転がり込んだ。彼が暮らしている部屋は2DKで、一人暮らしにしては広い。

「でも安いんだよ。事故物件だから」彼氏はそう言ってヘラヘラ笑った。「なんか、前の前の住人がトイレで喉切って自殺したんだって」

 正直気持ち悪い。でも彼氏とふたりなら平気だと思ったので、あたしはそのアパートに住まわせてもらうことになった。

 同棲は楽しかった。最初のうちだけ。だんだん彼氏が横柄になってきた。

「俺の家に住まわせてやってんだぞ。そこんとこちゃんと弁えろよ」

 なんて言うけど、家賃と光熱費の半額、それに食費のほぼ全額はあたしが払ってるし、家事もほとんどあたしがやっている。確かに彼が借りてる部屋だけどさぁ……とイライラしていた頃、とうとう事件は起こった。好物の、そしてあたしのお金で買った「食べる辣油」を「俺の食えねーもん買ってくんなよ!」とシンクにぶちまかれたのだ。

 あたしはキレた。それはもうキレにキレたので、おそれを成したのかめんどくさくなったのか、とにかく彼氏はトイレに閉じこもった。

「ねぇ、出てきてよ。これじゃ話になんないじゃん」

「やだ」

 子供か?

 で、そのまま彼氏はトイレから出てこなくなってしまった。

 いや、一応出てきてはいる、らしい。あたしが仕事に行ってる間にトイレを出て、バイトに行ったりご飯食べたり風呂に入ったり、一応ちゃんとしているらしい。でも、あたしが部屋にいるときは、ほぼ百パーセントの確率でトイレに閉じこもっている。

 あたしは近所の公園で用を足すことにした。でもだんだん寒くなるし、面倒だ。ついつい我慢しがちになるし、このままだと膀胱炎になるかも――そう思って、ようやく別れ話をすることに決めた。

 その日、決意と共に部屋に戻ると、やっぱりトイレには鍵がかかっている。それだけじゃなく、トイレの中から彼氏と知らない女の楽しそうな声が聞こえてくる。

 浮気だ! と思うより先に、トイレに女連れ込んでんの!? という驚きが先に来た。一体どんな女だよ。普通に気になるんだが?

 ドンドン! トイレのドアを叩くと、「なぁーにぃ?」と能天気な彼氏の声が返ってきた。

「何? じゃないよ。いいよ、もう別れよ。あたし出てくから、その女の子と仲良くね」

「えー? 困るよぉ」彼氏が言った。「この子さぁ、お前も一緒がいいってよ」

「はぁ?」

 そのとき、カチャンと音をたててトイレの鍵が開いた。声を出す間もなくスッと開いたドアの隙間から、真っ赤な服を着た知らない女がにゅっと顔を出した。女の喉元はぐちゃぐちゃで、ストローみたいな血管が見えた。

 固まっているあたしを見て、女は嬉しそうに笑い、手招きをした。

 あたしは逃げた。財布もスマホも持ちっぱなしだったから、もう二度とあの部屋には戻らないつもりだった。でも逃げ込んだ先のネカフェで、合鍵を持ってきてしまったことに気づいた。適当な茶封筒を買って彼氏あてに郵送して、その後は一度も会っていない。

 彼氏はバイトを辞めて、友だち関係も全部切ってしまったらしい。たぶんあの女と一緒に、ずっとトイレにいるんだと思う。

 あれから一年以上経ったけど、時々彼氏のアカウントからメッセージが届く。

『まだ来ないの?』

『そろそろおいでよ』

『彼女も待ってるよ』

『早く来いよ』

 ブロックしたいけど、そしたら直接会いに来られそうな気がして、未だにできない。

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