第5話


ついにクラウスとローザのお披露目が間直に迫って来た。

 ローザは王太子である一番の兄と共にペテルセン王国に向かっている。

 隣国とはいえ、余裕を持って進む馬車の度は半月程かかる。

 初めて自国を出るローザにとって、見る物全てが好奇心をくすぐる対象だった。

 鉱山資源を産業の主とするストロームに対し、ペテルセンは農業が主になる。

 季節は恵の秋。見渡す限りの小麦畑は、黄金色に輝いて見えた。

 林と思われた木々は果樹で、色とりどりにたわわに実った果実を見ては、美味しそうと思わずにはいられなかった。

 道中、一番の兄と同じ馬車。兄妹としての会話を楽しみながら、行く先々で珍しくも美味しい物を口にし、楽しい旅となったのだった。

 何がきっかけだったのか? 具体的な婚姻の話題になった。王族の一人として、その身を使う事で平和が保てるなら惜しくはない。そう、教育を受けている。

 ただし、結婚生活、夫となる人とのかかわりについて、ローザはまだよくわかっていない。そこはまだ具体的な話題には繋がらなかったし、繋げたくなかったのに。


「お兄様。結婚生活とはどのようなものなのでしょう? お義姉さまとはどのようにお過ごしですか?」


 王太子として妻も子もいる第一兄にとって、答えにくい質問だ。


「結婚とはお互いを大切に思い、愛を持って接すること……かな」

「なるほど、愛ですか」

「いや、ローザ。お前にはまだ早いし、わからないだろう。大丈夫、そのうちわかるさ」

「そうですね。でも、知っておくと知らないとでは違うと思うのです。具体的には何をすれば?」

「う、うん? 具体的に、そうだなぁ」


 隣に座るローザの見上げる視線から逸らすように正面を向けば、ローザの乳母で侍女のマリアが真面目な顔で座っている。思わず助けを求めるような視線を送れば、彼女はすぐに気が付き答えてくれた。


「ローザ様。夫婦とは唯一無二の存在になるということです。具体的なこととしましては、今まで代わる代わるご家族の皆様の膝の上に乗られていたことが、これからは旦那様だけがその特権を得ることになる。と、いうことでございます」

「まあ! 旦那様だけに?」

「左様でございます。ローザ様を独り占めにすることができるのが、旦那様だけになるということです」


「独り占め……」


 なぜかはにかんだように「ふふふ」と笑うローザ。


「ならば、私も旦那様になる方だけを大切にするということね」

「……、そうでございますね」


 答えを濁したマリアがちらりと第一兄に視線を移すと、眉間にシワを寄せて面白くない顔をしながら窓の外を眺めていた。

 まだ幼いローザは公の場に出ることはなかった。彼女を取り巻く者は家族と侍女、護衛、ごく近しい臣下の者のみ。

 唯一の姫として生まれた彼女は皆に愛されることが当たり前であり、毒にさらされることはほぼ皆無だった。

 与えられる愛情は深く多いのに、彼女が与える物には限りがある。

 使用人は別にしても、家族に対しては平等に与えなければならない。

 なぜなら、兄達が喧嘩をするから……。

 血を見る争いにはまだなっていないが、それでも晩餐や家族で顔を合せる時に緊迫した雰囲気になるのはいただけない。子供ながらになんとかせねばと悩み、平等に声をかけ、笑顔を向けてきた。王女とはいえ、大変なのだ……。


 そんなローザの思いを知らぬまま、馬車はペテルセンの王都へと向かうのだった。




 ペテルセンの王宮はストローム王国のそれに比べ、いくらかは小ぶりに見える。

 しかしその周りを囲む敷地は大層広く、木々の他に果樹もあり、色とりどりの花がそこかしこに咲き乱れていた。

 広い庭園の一部は貴族達に解放されており、四阿で談笑をする者や、手を取り歩く若者達は頬を染め、この国が平和であることが一目でわかる光景だった。


「ストローム王国に足りない物がわかりました」


 庭園の様子を見たローザがつぶやく。


「我がストロームに足りない物? はて、それはなんだろうか?」


 第一兄に問われ、ローザは答える。


「色ですわ」

「いろ?」

「ええ、ストローム王国には色味が足りないのです。ここ、ペテルセンは色にあふれています。この王宮庭園の花々や木々、果樹の実の色。これと同じ物がこの国の町中に見ることができます。色は人の気持ちを華やかにし、余裕をもたらしてくれる気がするのです。

 笑みの溢れた、幸せな国だと思います」


 聡明だとは皆がわかっている。それでもまだ幼いと思い、思いたいと願っていた彼女は、周りが思う以上に成熟した考えを持っていることに、兄は少しだけ寂しさを覚えた。


「ローザはやはり素晴らしいな。私達とは目の付け所が違う。私たちの自慢の妹だ」


 そう言って優しく彼女の髪を撫でた。ローザもまた、そんな兄に穏やかな笑みを向けるのだった。




 ローザたちが王都に入ったと連絡を受けてからのペテルセン王宮内は、一気に緊張の空気を纏い始めた。

 婚約鞘としてクラウスも王宮に招き入れられ、その側には第三王子のリチャードがいた。


「もうすぐだね。気分はどう?」

「ああ、うれしいねえ」

「プッ。そんな顔して嬉しいなんて言っても、誰も信じないよ。せめて王女様の前では笑顔を忘れないでよ」

「わかってるよ」

「そうそう。お前は頭もキレるし、顔も良い。最高の優良物件だって、相手に思わせられればこっちの勝ちだよ」

「勝ち負けの問題じゃないだろう」

「いいや、貴族の婚姻なんて所詮は勝ち負けだよ。いかにうまみのある家の人間を娶るか。それに尽きる。たまに外れがあったりするから厄介なんだ。

 まあ、絵姿を見る限り可愛らしい子じゃない。でもさ、こういうのって必要以上に美化して書かせるもんだからねぇ、全然違ってたらどうする?」

「……、殿下。少しお静かに願えますか?」


「……。はい、わかりました」


 渋々と言った表情で口をつぐんだリチャードを横目に、クラウスは落ち着きなく視線を動かす。王宮の門をくぐってから、さらに馬車で移動するほどにこの庭園は広い。

 先ほど門をくぐったと連絡が入った。

 第一王子の王太子と第三王子のリチャード。他にこの国の重鎮が並び迎える中、クラウスは少し下がり、自らの婚約者が乗る馬車を少しだけ浮かれた気持ちで待ちわびるのだった。



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