第8話


 クラウスとローザの婚約披露の場はつつがなく行われた。

 大物独身紳士として根強い人気を誇っていたクラウスだったが、さすがに相手が一国の王女では誰も手出しは出来ない。

 ローザに何かがあれば外交問題に発展するのだ。妬ましく思ったとしても、行動に起こすほど馬鹿な令嬢はここ、ペテルセン王国にはいなかったらしい。

 昼頃から行われたパーティーは夕刻まで続いた。その間、ペテルセンの貴族達ににこやかに笑って挨拶をするローザは、幼くも王女としての責を果たす立派な淑女だった。

 最後の招待客が返るまで、王女の仮面を剝がすことなく笑みを絶やさない。

 クラウスも幼いなどと見くびっていた自分を反省した。

 リチャードが言うように、そこら辺の令嬢よりも立派だと思わざるを得ない。

 正直、子供だと侮っていた自分を恥じ、これからは一人の令嬢として接しなければと考え直すのだった。


 翌日、ローザに会いに登城したクラウスは疲れも見せずに笑顔で答える彼女を気遣い、庭園でお茶に誘った。

「お疲れになられたでしょう。本日は誰の訪問もありません、ふたりでゆっくりと過ごしませんか」

「え? ふたりで? 今日はクラウス様がずっと一緒にいてくださるの?」

「はい。私でよろしければ、本日はずっとおそばに……」

「まあ、うれしい」


 庭園の四阿で向かいに座るローザは、はじけるような笑みをこぼしていた。


「昨日は皆、ローザ様の可愛らしさに目を奪われていました。それに知識量の深さは驚きに値します。さすがですね、私でもかなわないかもしれません」

「そんなことありませんわ。この国に嫁ぐのですもの、勉強するのは当たり前です。

 クラウス様の少しでもお役に立てれば良いのですが」


 はじらう姿は年相応の可愛らしさがあるのに、その博識さと優雅な立ち居振る舞いは誰にも真似のできない、それこそ血筋なのかもしれないとクラウスは考える。

 ゆったりと流れる時間が苦にはならないのは、お互いの相性が良いからかもしれない。


 それにしても今日のローザは少し態度がおかしかった。何やらキョロキョロとクラウスの視線を確かめるようにしてみたり、自分の右側に彼を置きたがるように仕向けている。

 肩よりも少し長めの美しい艶やかな髪を、時折かき上げたり後ろに流したりと落ち着きがなく見える。どうしたのだろうかと思っていたら、とうとう業を煮やしたローザが口を開いた。


「あの、クラウス様。今日は、クラウス様からいただいた髪飾りを付けてみたのですが、いかがでしょう? まだ私には早すぎましたでしょうか?」


 上目使いでクラウスを見つめながら、右の髪に手をあて髪飾りを彼の目に映させた。

 ローザの美しい銀髪には紺碧の髪飾りが煌めいていた。どこか見覚えがあるような気がしたクラウスは、思い出したかのように「あ!」と大きな声を上げる。


「それは……」

「はい。クラウス様からいただいた髪飾りです。とても綺麗で気に入っています。

 このサファイアは我がストロームで採れた物ですよね。すぐにわかりました。

 これをつけた姿を見ていただきたくて。どうでしょうか?」


 正直、クラウスは髪飾りをよく覚えてはいなかった。ストローム産の石と聞いて即決はしたが、そこに深い意味は無かったから。加工され髪飾りになった時も適当に受け流してしまい、ぼんやりとしか覚えていなかった。


「とてもよく似合っています。あなたの髪に青がよく映えています。これにして良かった」


 思ってもみなかったことに焦りはしたが、そこは年の功という事で無難に受け流すことが出来たとホッとするのだった。

 向かいの席で嬉しそうに恥じらうローザの姿を見ながら、それにしても十歳はまだまだ子供だと思っていたのに、これはぼんやりしていたらヤラれると気を引き締めることを心に誓うクラウスだった。



 それからの二人はお互いの国を行き来しあい、春はストロームの風に吹かれ。

 秋にはペテルセンで実りをいただいたりと、逢瀬を重ねていった。

 十歳のローザは歳を重ねるごとに美しさを開花させ、クラウスの心をざわつかせた。

 手紙を出し合い、言葉を重ね。会えた時には少しずつ親密度を深める。

 早くに婚約をする者も多い貴族の世界で、何もローザが特別なのではない。

 ただ、年齢の差が少し距離を開かせているだけだから。


 

 クラウスが二十四歳。ローザが十四歳の時だった。

 もう二年で婚姻を迎える頃になり、長期に渡りペテルセンに滞在するようになり始め、滞在場所も王宮ではなくリューマン公爵家で、公爵夫人としての教育も受け始めていた頃のこと。

 予定では明日到着のはずだったローザ達一行が、予定よりも早く公爵家に到着をしてしまった。執事の話によれば今日は王宮に登城しているというので、ローザは国王に挨拶も兼ねて足を運ぶことにした。

 久しぶりに会えると喜び勇んで王宮に向かうと、そこには会いたくて仕方のなかったクラウスが向こうから歩いてくる姿が見えた。

 嬉しさのあまり声をかけようかと思ったその時、クラウスの少し後ろを静かについて歩く令嬢の姿が目に入った。令嬢と呼ぶにはいささか歳がいっているようだが、身なりも気品はあるが露出の多い派手なドレスを着ている。

 クラウスの後ろについていた乳母であった侍女が、とっさにローザの手を引き一歩下がらせた。


「ローザ様、あれはクラウス殿ではございません。人違いでございます」


 そう言って、彼女の視線を遮るように目の前に立ちふさがるのだった。


「何を言っているの。あれはクラウス様よ。私が見間違えるはずがないわ」

「いいえ。あれは違う御仁でございます。間違えて声などかければ、相手も困惑されるでしょう。ここは素通りが最良かと」


 納得いかない顔のローザではあったが、今までのことからも乳母には何か思うところがあるのだろうと推察できた。

 十四歳になったローザにも、少しだけではあるが色事の知識もつき始めている。

 夜伽の話はまだ聞いていないが、それでもたぶんそういうことなのだろうと感じ、ここは黙って引き下がることにするのだった。

 元々国王との接見は明日の予定。前触れも無しに訪れたローザ達を快く迎えてくれた国王夫妻に会い、挨拶を交わす。

 その時の国王の態度がどうにも落ち着きがなく見える。

 チラリと乳母を見れば、わずかに首を振っていた。やはり聞いてはいけないことらしい。ローザは胸の中にモヤモヤとわだかまりを抱えつつ、この日は大人しくリューマン家へと戻ろうと廊下を歩いていると、向こうから第三王子のリチャードが歩いて来た。

 挨拶をしようと王女の笑顔で対面しようと構えていると、ローザに気が付いたリチャードが異様に驚き慌てた様子だった。

 この人もおかしい。と思いながらも王女の笑みを浮かべ迎え撃つ。


「あ! これはローザ殿下。明日、お着きになると伺っておりましたが、お早いお着きだったのですね。ご無事でなによりです」

「リチャード殿下。お久しぶりでございます。先に公爵邸に着きましたら、クラウス様がこちらにいらっしゃるとお聞きし、国王陛下へのご挨拶も兼ねて立ち寄らせていただきました。先ほど陛下にもお会いさせていただいたところです」

「そ、そうですか。それは良かった。ああ、クラウスですね。クラウスなら今しがた戻りました。行き違いになられたようですね。僕が引き留めていたんですよ、申し訳ありませんでした」

「まあ、そうでしたか。でしたら私も公爵邸に戻ることにいたします。早くクラウス様にお会いしたいですので、では」

「は、はい。そうですね。あいつも幸せ者だ。では。お気をつけて」


 いつもならもっと楽しい話題を振りまき、ローザを飽きさせないように気を遣うリチャードなのに、今日の彼は国王同様やはりおかしい。


 これは問い詰めた方が良いと、心に誓うローザだった。


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