第8話

 雨月が目覚めた時、真っ先に感じたのは、体のだるさ。

 目を開けると、そこは見知らぬ部屋。

 曖昧な記憶を探り、最後の記憶を引っ張り出す。

(私は、蒼天様を救おうとして……)

 しかし力を使っているうちに、体力が尽きて倒れたのだ。

(ここは?)

 雨月が見回す。

 そこは、香と共にあてがわれた部屋とは広さや置かれた調度品にいたるまで何もかもが違っていた。

 部屋の広さは、香と二人で使っていたあの部屋の数倍はあるだろう。

 そして調度品。あの部屋の家具は決して粗末な出来ではなかったが、かと言って、高級品ではなかった。

 しかし今この部屋にある調度品はどれをとっても精緻な彫りや装飾がふんだんに使われた一級品であると、田舎生まれの雨月にだって分かった。

 雨月が横になっていた寝台には天蓋がついて、寝台の周囲には紗のかかった布が目隠しに使われている。

(良い香り……)

 お香だろうか。甘い香りが、部屋を満たしている。

 しかしその香に身を任せている余裕はなかった。

 そんなことより、雨月が気になったのは蒼天のこと。

(蒼天様の治療はまだ終わってない……)

 その時、雨月は胸の奥から何かが迫り上がってくるのを気配を察し、咄嗟に手で口元を押さえる。

 ゲホゲホ……!

 激しく咳き込んだ雨月の手にはかすかに鮮血がこぼれていた。

「っ……」

(これは全て承知の上)

 雨月は右腕で乱暴に血に濡れた口元をぬぐった。それから水差しに入っていた水でそばにあった布を濡らし、手を拭った。

 雨月は少しふらつきながら、部屋から出ようとする。

 と、扉に手をかけるよりも先に外側から開かれた。

 現れたのは、王の使者。

「目が覚めたか」

「そうて……王様のご様子は……?」

「主上は目を覚まされた」

「本当ですか!」

「よくやった」

「ですが、王様は完全には癒えてはおりません……」

「そのご様子だ。ひとまず王からの命令で、お前をここに移した。これからはここがお前の部屋だ。ここで体を休め、引き続き、王の治療を行え。必要なものがあれば女官に言え」

 使者の背後には二人の女官がいて、雨月に向かって深々と頭を垂れた。

「分かりました。ありがとうございます……」

 使者はそのまま立ち去ろうとする。

「あ、あの」

「ん?」

「何か用事があったのではありませんか……?」

「主上に命じられ、お前の様子を見に来ただけだ。安全ならば、それで良い」

 使者が去ると、雨月はほっと息を吐き出した。

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神の治癒術士 魚谷 @URYO

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