第7話

 青龍王の使者、白壁は治癒術士が王のそばで力を使うのを見届けていた。

 もうこれで何十人目だろうか。

 王の乳母である冬緒は半ば諦めている。

 心の中では、こうして治癒術士を白壁が連れて来ることすら、不快に思っているかもしれない。

 なぜ、ただでさえ病に苦しむ王を静かに眠らせられないのか。

 朝廷に仕える優れた治癒術士がなせぬことを、片田舎の異能遣いごときにできるはずがないではないか。

 それはその通りだろう。

 しかし王の側近として仕える白壁は何もせずに、ただ王が静かに衰弱していくのを見ていることなどできなかった。

 王の病を治す可能性が少しでもあるのならば諦めることなどできるはずがない。

 とはいえ、これまで何度となくその期待は裏切られ続けていた。

 田舎より連れて来た女の背中を見つめる眼差しは冷めきっている。

 だから突然、女が倒れたのを目の当たりにした時も、別段何も思わなかった。

 これまで何度も見て来た光景。

 力の使いすぎ。

(所詮、異能遣いと言ってもただの田舎娘。自らの力を満足に制御することも出来ぬ、か)

「おい、その女を部屋へ連れていけ……」

 そう指示を飛ばしたその時、「う……」という小さな呻きを聞いた。

 それは女の声ではない。

「冬緒様! 白壁様!」

 女を引っ張り出そうとした女官が悲鳴にも似た声を上げた。

「いかがした」

「あ、あの……」

「早く言えっ」

 苛立った白壁は立ち上がり、近づく。

 目があった。

「っ!」

 一体自分が何を目の当たりにしているのか、白壁は一瞬理解できなかった。

「……ふ、冬緒……様……」

 息がしにくい。

 あまりの出来事に、自分がかなりの衝撃を受けているのだということを自覚するまで、時間が必要だった。

「冬緒様! こちらへ! 早くっ!」

「――静かに、しろ……うるさいぞ、白壁」

 その人は……王は、そうかすれた声で呟いた。

「主上!」

 白壁は思わず王に駆け寄る。

 そして王が伸ばした手を掴み、それから背中を支え、ゆっくりと上体を起こす。

「あ……!」

 冬緒が形容しがたい悲鳴にも似た声を上げた。

(まさかこの田舎娘がやったのか? どれほど優れた治癒術士といえども成せなかったことを……?)

 気を失っている少女を、白壁は信じられぬものでも見つめるように見た。

「……俺は何を……」

「蝕魔に犯され、長らく昏睡状態にあったのです」

「あぁ、陛下! あぁ……良かった……本当に目覚められるとは……」

 冬緒は涙を流し、王にすがり付く。王は困惑しながらも抱き留める。

「白壁、冬緒……迷惑をかけたな。……その娘は?」

「おそらく、この娘が、王を目覚めさせたのだと思います」

「そうか……。この娘をいたわってやってくれ」

 白壁は女官に命じ、この娘を丁重に運び出すよう命じた。

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