第6話 採氷衛星フロストアーク

 土星の環を構成する氷の欠片がまばらに浮かぶ空間に、直径20kmを超える巨大な円盤が悠然と浮かんでいる。円盤を縦に貫く長い軸が、目にするもの全てを見下ろしているような威容を放っていた。


 近づくにつれ、その周りを魚群のように行き交う宇宙船の姿が見えてくる。古来から土星の周囲を廻っていたであろう氷の欠片たちをよそに、その場の主であるような顔をした巨大メガ宇宙ステーションの表層は、遠い太陽の光を映して白く輝いていた。

 円盤の周囲には針鼠のように無数の砲塔が散りばめられている。漂う氷塊が円盤に近づくと、スパークを散らした閃光がそれを粉々に割り砕いた。儚く散った氷片を、蛇の鎌首のように自在に動くアームがつかみ取ってゆく。


 巡航艦フェニックスを先頭に、第13調査大隊を構成する三艦はゆっくりと巨大な円盤へと近付いた。友軍識別信号IFFを交わした相手を、鈍く輝く砲塔は沈黙をもって迎え入れる。

 円盤を貫く軸は巨大なドックステーションだった。直径1kmはあろうかという円形の軸の表面には、誘導路灯火を兼ねた航空誘導灯が無数に輝いている。


「フロストアーク管制コントロール、こちら太陽系統合防衛軍第13調SSUDF-X13査大隊、旗艦フェニックスv-Phoenix。ドッキングの許可を求める」

「SSUDF-X13、こちらフロストアーク管制コントロール。現在ドッキングを許可出来ない。待機せよ」

「……なんだってセイ、アゲイン?」

「SSUDF-X13へ、繰り返す。ドッキングは許可できない。現在アザトゥスの襲撃対処中のため、全ドッキングベイを閉鎖中。状況終了まで待機せよ」


 管制指令室の通信席で管制とのやり取りに当たっていたオペレータが、表情を曇らせた。ちらりと背後に立つ艦長シキシマの顔を見上げる。シキシマが一歩踏み出し、オペレータの手からマイクを取り上げた。


「フロストアーク管制コントロールへ、援護に向かいたい。敵勢力の座標を送れ」

「SSUDF-X13へ。感謝する。しかし、貴艦は地球圏からの長期航海を終えたばかりだろう。我々だけで対処可能だ」

「繰り返す。我々は調査隊であり、長期航海途上での戦闘にも対応可能だ。誘導を頼む」


 * * * 


緊急警報エマージェンシー緊急警報エマージェンシー。本隊がドッキング予定のフロストアークがアザトゥスの襲撃を受けている。本艦はこれより援護に向かう。アヴィオン全隊、出撃準備せよ。総員戦闘配備。繰り返す——」


 けたたましいアラーム音が艦内を満たす。ラウンジに集まって眼前に浮かぶフロストアークの威容を呆けたように眺めていたクルー達が、弾かれたように顔を上げた。


「仕事か」

 

 巨大な円盤の奥でかすかに閃く閃光を一睨みして、コンラートはごきごきと指を慣らす。ジャケットの裾を摘んで見上げてくる、13番ミラのふわふわした髪をくしゃりと撫でた。


「行くぞ」


 こくん、と頷いて駆け出したミラとコンラートの後に続くようにクルー達もばらばらと走り出す。「私たちも」と相棒シエロに促されてユウも格納庫へと急いだ。

 久しぶりの戦闘に、艦の空気は熱に浮かされたように浮ついている。木星圏から土星圏への旅は比較的穏やかで、小競り合いとも呼べないような小規模な戦闘が起きたのみだったのもその一因だろう。

 格納庫に辿り着くと、既にパイロットスーツに身を包み終えていた子供たちが振り返った。光沢のある白のパイロットスーツを着たクピドと、濃灰色のパイロットスーツを着たハイドラの金の目が同じ色を宿してきらめく。まるでそうあるためのつがいであるようにも見えたが、かつて同じくらいだった二人の身長には埋めがたい差が開きつつあった。


「先に行っていますね」


 また伸びてしまった赤錆の髪を束ね終えたハイドラが、ヘルメットを被って背を向ける。シエロが壁際の義体用ドックに身を沈めた。ふっ、と空の色を宿した目から光が消える。

 自分だけ何の準備も出来ていない事に気付いたユウが、慌てて自分のロッカーに駆け寄った。ツナギを脱ぎ捨ててパイロットスーツを身に着け始める。これを着るのにもずいぶん手慣れてきた。手早く着替えを済ませると、ヘルメットを引っ掴んで自機ガーゴイルに向かう。

 キャノピーが開いた梯子の下で、整備班の同期が手を振っていた。いつもはシエロが開けてくれていたキャノピーは、今日は彼が開けてくれたのだろうか。目に馴染む作業用グローブをつけた手が、握った拳をぐっと突き出した。


「気をつけろよ。……幸運を祈るグッドラック

「うん。ありがと」


 こつんと拳を当て返して、ユウはヘルメットを被った。梯子を昇ってコックピットに滑り込む。コネクタを首に繋ぐと、HUDの表示が統合された拡張視界オーグメントの端で小さくイコライザが跳ねた。


「さあ、初陣ですね」


 箱のないコックピットの中で、ユウは苦笑する。


「失礼だな。だよ」

「そうでした。英雄さん」

 

 くつくつと笑う相棒シエロを無視して一人ですべての準備を整える。軽く息を吸って、肺が空っぽになるまで吐き出した。もう一度息を吸い込むと、戦場へと足を踏み入れるための言葉を紡ぐ。


管制室フリプライ異機種編隊コンポジット|-02。フェニックス左翼格納庫レフト・ハンガー02、02にて、出撃準備完了レディ・トゥ・ロール


 * * * 


 艦の横腹から、銀の機体が次々と吐き出されていく。


『よぉ、大将』

「コンラート」


 ユウのガーゴイルの隣に、アルテミスが並んだ。QPたちの乗るカドリガを引き連れたコンラートは、1名が他小隊へ異動となったカドリガDデルタのフライトリーダーを務めている。


「俺はぺーぺーだよ、大将はそっちだろ。フライトリーダー就任おめでとう」

『ミラさんのほうが操縦上手いのでは?』


 自嘲気味なユウとコンラートの会話を、笑みを含んだシエロの声が混ぜっ返した。コンラートが小さく唸る。


『クソッ、腕と信頼で席を勝ち取ったフライトリーダー様の言葉が重すぎる。いいかシエロ、たぶん俺は人生経験とかを買われてんの! 悲しくなるからそういうコトにしといて!』

『はい。信頼してます、コンラートさん。ねえさま、よろしくお願いします』

『はいはい、よろしくねミラ』

『さあ、仕事だぜ』


 コンラートの声にスイッチが入った。下部に見える円盤の端を飛び越え、肉と銀の機体が交錯する戦場へと飛び込む。


『ミサイルぶち込むぞ! ミラ、ロゼ、アナ、撃ち漏らしは任せた!』

『『はいっ』』


 補給線に向かって逃げる、アヴィオンよりも少し線の細い機体を追いかける肉塊の鼻先でミサイルが弾けて熱と炎を振りまいた。爆発で吹き飛ばされた肉の奥に蠢く核を、真白ましろの光が串刺しにする。


撃墜スプラーッシュ! いーやっほぅ!!』

『いえーい』


 楽しげなコンラートの声に、冷静な少女たちの熱のない、でもどこか楽しげな声が応えた。一体は撃破したものの、追っ手は尽きてはいない。肉のはざまから追い縋るように無数のを伸ばして迫る、後続の一体に向けて陽電子砲をチャージしながらユウが怒鳴った。

 

「バカ、はしゃいでる場合か!」

『そのための後衛わたしたちでしょう!』

 

 紫電の閃光が後続をまとめて吹き飛ばす。射線を逸れてそれを逃れた小さな個体を、シエロが念入りに始末して回った。白銀の機体の合間に、生命の灯火が消えた肉の欠片が散乱する。


『ありがとう、助かった!』


 ざらつく音質の近距離無線越しに、知らない声が礼を述べた。少し鼻に掛かったような声は高く、女性のようにも少年のようにも聞こえる。


『こちら防衛軍第13調査隊、加勢するぜ! まずは補給線までエスコートだ』


 調子づいた声のコンラートが応えて、アルテミスが機首を翻した。後を追う新型宙域戦闘機スター・チルドレンの小隊の後ろを守るようにユウたちの異機種編隊コンポジットも続く。


『随分と数が多かったようですが、前線の戦況は厳しいのですか?』

『ああー……それは……』


 幾分か深刻そうな声音で尋ねたシエロに、スター・チルドレンのパイロットは若干気まずそうに言い淀んだ。


『実はフロストアークの砲塔に処理させてから補給線に戻ろうとしてたところで……。いやでもホントに助かったんだ、未登録の有人機が近くにいると自動迎撃じゃ撃ってくれないからさ』


 しん、と回線の会話が止まる。ややあって、ユウが苦笑いしながらぽつりとこぼした。


「……つまりはマッチポンプだったのでは?」

『加勢するぜ! って派手に吹かしたコンラートさん、ご感想を』

『いや知らねーだろがよそんな仕様はよ!! あーそうだよ、今すげぇはっずいけど!!」

『ちょーさたいサンは悪くないですよー。援護がまわってくるって通信入ってたのに惰性でいつもどーりこっちに来たたいちょーがわるい』


 やいやいと茶化されて羞恥にまみれた声でがなるコンラートに、抑揚の薄い、これまた少し高い声がフォローを入れた。隊長と呼ばれた最初の声がくわっと噛みつく。


『うっせーマックスだまってろ!』

『補給おっつかなくて引っ張って来てたのは事実なんでー。援護たすかりますー』


 マックスと呼ばれた声は、隊長を無視して淡々と礼を述べた。間延びしたそのイントネーションに毒気を抜かれたようにコンラートが『お、おう』と呟いた。

 見慣れない補給機が視界に現れ、シエロが尋ねる。


『そちらの補給線でアヴィオンの補給はできます?』

『あー、ごめん俺らが今向かってるのはスター・チルドレン用の補給線だから』

『たいちょー、バッテリーモジュールは非互換だけど火炎放射器の燃料とミサイルの規格は同じだよー』


 答えかけた隊長の声に、のんびりとした声が被さる。隊長はう、と少し言葉に詰まってから、しおしおと告げた。


『だ、そうです……』

「あ、ありがとね……。アルテミスとカドリガは補給させてもらおっか」


 兵装が電力メインのユウはそう言ってレーダーを睨んだ。味方の補給機イドゥンはまだ後方だ。それんなユウの行動を見透かしたかのように、マックスがのんびりと声をかけた。


『この先にアヴィオン用の補給線もあるので、僕がごあんないしますよー。たいちょーは先にもどっててね』

『え』

『マックス。隊長はキミがいないとしおしおだからみんなでいこ』

『え、前線大丈夫かなー』

『援護いっぱいきてたよ。大丈夫だと思う』


 妙に和気あいあいとした雰囲気のスター・チルドレンたちに連れられて補給を済ませ、前線に向かう。


『ちょっとデカいのが来ててさ。取り巻きも多いんだけどもうあらかた片付いたから――』


 ちょうど光の当たらない場所にいたそれの巨大さに、調査隊の面々は近付くまで気付かなかった。コンラートが緊張を滲ませた声で言う。


『なぁ。俺、レーダーマーカーはサイズに応じて変えたほうがいいと思う』

「……同感だ」


 ダイモスで見た巨体よりは少しだけ控えめのサイズのそれに、応じるユウの声にも緊張が滲んだ。駆逐艦の砲に食い荒らされたであろうその肉塊は半ば崩壊しかけてはいるが、崩れかけた肉の合間からは中型サイズのアザトゥスが未だに吐き出され続けている。


『それじゃまた、あとでー』


 アヴィオンより細身の機体がきらりと爆炎に身を輝かせて身を翻した。その滑らかであまりにも早い機動にユウは目を剥く。稲妻のような軌跡を描いて中型に接近したスター・チルドレンたちが、次々と紫電の閃光でそれらを撃ち抜いていく。まるで小型を相手取っているかのような動きに加えて、その弾数も2発に留まらないようだった。


「これ、援護俺たちいる……?」

『バカなコト言ってないで。数は多いんだから手は幾つあってもいいんです。さっさと済ませましょう』


 呆然と呟いたユウを呆れた声で鼓舞してから、肉と光の飛び交う戦場に飛び込んだシエロの後を、ユウは慌てて追いかけた。

 

――――――――――

お読みいただき、ありがとうございます。


木星圏からずっと引っ張っていたスター・チルドレンがようやく登場です。

土星圏の防衛は防衛軍と企業の合同部隊で行われており、スター・チルドレンは企業側の部隊です。

防衛軍には未だにアヴィオンが配備されているので、アヴィオン用の補給線もあるのでした。


次回の更新は1/17です。

それではまた、次回。

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黎明のアヴィオン - 第13調査大隊航海記 新井狛 @arai-coma

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