第5話 土星圏

「ほらほらぁ! どんどん掛かってこいよ、もう誰もいないワケ!?」


 死屍累々に積み重なる真ん中でナギが叫ぶ。壁際にもたれ掛かってその様子を眺めていた戦闘班長レナードが、ARグラスを指で軽く押し上げて苦笑した。


「だめだめ。もう全員ぜ。ちったあ手加減してやれよ、ナギ」

「うっそだろ……あ、ホントだ」


 拡張視界オーグメントの表示を切り替えたナギが首をすくめる。オーバーレイされた視界にはずらりと戦死KIAのラベルが並んでいた。


「はんちょお〜……。ナギは武器ナシにしましょうよぉ。"白い悪魔"に俺らが同じ条件で勝てっこないでしょ」

「バァカおめー、悪魔そいつにラバーナイフ持たせてんのは安全装置セーフティだよ。ナギに徒手空拳ステゴロなんてさせてみろ、お前首へし折られるぞ」

「シロート相手にそんなコトしないよ、はんちょー」


 そう言ってぷうと頬を膨らませたナギを、レナードは半眼で見下ろした。


「おう一応ココには軍人しかいねーはずだがな。言われてんぞーお前らー」

「ナギ相手ならシロートだよー、俺ら対人戦闘訓練なんてほとんど受けてないもん」


 やる気も自信もばきばきにへし折られた少年たちは、ごろごろと床に転がったままぶうぶうと文句を垂れた。

 第13調査大隊に所属する若いパイロットたちはそのほとんどが5年前の大規模侵攻で家族を失った戦災孤児達だ。メインの戦場が空に移ったにも関わらず大勢のパイロットが命を落としたことで、若い志願兵たちは基礎体力訓練が終わり次第ばんばんパイロット養成のプログラムに投入された。この世代はサバイバル訓練すら受けていない者も多い。民間軍事会社PMCの傭兵として軍用メックスーツもなしに暴れ回っていたナギとは比べるべくもなかった。

 いつもならギルバートに相手をさせて満足させてやれば終わるのだが、そのギルバートももういない。自分が相手をしてやれば良いのだが、レクリエーションの意味合いが強いこの戦闘演習でそれも面倒だった。どうしたもんかな、と怠惰な思考を巡らせていると、訓練室の扉が開いて少年がひょこりと顔を出した。


「レナードのおっちゃん、ちょっとスター・チルドレンの件で話が――おあ!?」

「フォルテ〜〜〜!!!」


 ナギがフォルテの手を掴んで訓練室に引き摺り込む。ナギに腕を振り回されているフォルテを見て、レナードはにんまりと人の悪い笑みを浮かべた。


「フォルテー。おっちゃんはやめろって前も言ったよなァ?」

「あ……っと、ごめ……じゃねー、すんません」

「丁度いいから罰としてお前がナギの相手しろ。こいつらじゃ相手にならん」

「は? あー……」


 矜持プライドを叩き折られた様子で不貞腐れている少年たちを見、次いでカリプソーでのナギの奮戦を思い出したフォルテは嫌そうに顔をしかめた。


「ヤだよ。お前に勝てる気しねーもん」

「またまたぁ〜。フォルテの義体なら絶対楽しめると思うんだよね」

「お楽しみはお前だけだろ、この戦闘狂バトルジャンキーめ」


 フォルテが手を握られたまま吐き捨てたのと同時に、開きっぱなしの訓練室の扉からユウがひょこりと顔を覗かせる。


「フォルテ、レナード班長いた? ……何してんの」


 ニッコニコのナギに手を握られてうんざりした顔をしているフォルテに、ユウは怪訝そうな表情を作った。その後ろからユリウスがじろりと少年を睨みつける。


「なんだお前、浮気か? ……痛い痛いユリアちゃん!」


 無表情のユリアにぎゅうぎゅうと耳を引っ張られてユリウスが悲鳴を上げた。ナギがぱっとフォルテの手を離す。相変わらずの掴みどころのない笑顔を浮かべながら、ぺろりと舌を出した。


「ごめんごめんユリア。大丈夫、盗らないよ」

「……別に私のとかじゃないし」


 ぷい、とユリアがそっぽを向く。ユリアの細指から解放されて真っ赤になった耳をさすりながら、ユリウスが尋ねた。


「で、何してたんだよ。哨戒編成の件は話したわけ?」

「それどころじゃなかったんだよ。用件言う前に引きずり込まれてこいつナギの対人戦の相手しろとか言われてさぁ」

「ほーぉ?」


 ユリウスの目がぎら、と輝く。すかさず闘気を察知したナギがぱっと顔を輝かせた。


「お、ユリウスやる?」


 ユリウスはにやりと笑うと、フォルテの肩に腕を回して引き寄せる。


「なあ、タッグでも構わないんだろ?」

「は?」

「もっちろん! なんならユウも一緒に3人で掛かってきなよ」

「えっ」


 自分は蚊帳の外と踏んで、ちょっと面白くなってきたぞ、という表情を浮かべていたユウがぎょっと目を剥いた。ユリアが半眼でひらひらと手を振る。


「この前のリベンジといかせてもらおうか。フォルテ」


 ユリウスはぐい、とフォルテの耳に顔を寄せて囁いた。


「ユリアにいいトコ見せるぞ。手伝ってくれ」

「いや、これ……そうはならなくないか……?」

「ここで引いても男がすたるだろ」


 ユリアと起源を同じくしたプラチナブロンドが頬を撫でる。ぐぬ、とフォルテの唇が歪んだ。背後のユリアは明らかに呆れているのだが、ここで背を向けるのを見せるのは確かに嫌だった。


  * * * 

 

「……んなわけなかったよなぁ。ダセーとこ見られただけじゃん」


 仰向けに転がったまま、フォルテは苦々しく呟いた。持ち上がらなくなった腕の肩口で、モーターが虚しく唸る。


「ユリウス〜。お前明日から基礎トレ倍なー。やっぱ哨戒あるからって免除はよくねぇわ」

「冗談でしょ班長……」


 一ミリも良いところを見せることもなく開幕初手でユリウスが、絶望に満ちたうめき声を上げた。派手に膝蹴りを喰らった顎を撫でる。ちょっぴり腫れていた。

 それを横目に見ながらユウは乱暴に額を拳で擦る。拭いきれなかった汗がひとしずく、床にぽたりと落ちた。


「ユウ、結構いい動きだったけど生身の足が義足についてけてなかったぞぅ。キミも基礎トレ不足だなー」


 汗の一つもかいていないナギが、けらけらと笑う。的確な指摘をどうも、とユウが肩を竦めた時だった。腕のバングルが着信通知の色を灯らせて震えだす。ナギがきょとりと目を瞬かせた。


「およ?」


 ナギの声を皮切りに、その場の全員が自分のバングルを見る。一斉通知のようだった。一足先に拡張視界オーグメントで通知の中身を確認したフォルテが、お、と声を上げる。


「もうすぐ土星だとさ。明後日にはリングの端に到達するらしい」

「土星かぁ。遠くまで来たもんだな」


 仰向けに転がっていたユリウスが、勢いをつけて起き上がると感慨深げに言った。一瞬きょとんとした様子のフォルテが、ああ、と小さく嘆息する。


「そっか、あんたたちは地球から来たんだもんな」


 さほど感慨のなさそうなフォルテに、ユウが首を傾げる。


「フォルテは土星には行ったことあるの?」

「あるよ。スター・チルドレンのデモ飛行のために企業ガレリアンに駆り出されてなー。ああ安心しろ、木星圏ほど嫌な場所じゃない」

「へぇ……どんなトコなの、土星圏って」


 フォルテは動く方の腕を支えにして起き上がった。ぷらんと垂れ下がった片腕を見て小さくため息をつくと、反対の手のひらを上に向ける。フォン、と軽い音と共にホログラムの小さな土星が現れた。

 

「木星圏の奴らは木星と土星をまとめて木星圏って呼ぶが、太陽系統合政府の識別では別扱いだからそっちに倣って土星圏と呼ぼう。土星圏は木星企業連合から弾き出された……って企業の連中は言うが、まぁ要は木星圏のドロドロのシノギの削り合いにうんざりして袂を分かった奴らが追いやられた場所だ。立場は弱くて木星圏の連中にいいように使われてる一面もあるが、中は木星圏ほどギスギスはしてねー」

「使われるって……木星圏の産業ってあそこで諸々完結してなかったっけ。土星圏は何をしてるの?」

「土星圏の主な産業は宙域戦闘機用燃料の生産だ。メタンと酸素で作る推進剤だな。それから防衛ライン。土星は木星よりアザトゥスの襲撃が多いんだ。ある意味、土星圏が踏ん張ってるから木星圏が平和とも言えるかもしれねーが、その防衛の要である宙域戦闘機の製造は木星圏に依存してる。一応土星でもアヴィオンを作っちゃいるが、やっぱスター・チルドレンのほうが性能はいいから土星圏はイマイチ木星圏に強く出られねーんだ。んで、襲撃が多いから防衛軍との関係も悪くねー」


 話すフォルテの頭の上に、レナードが厳つい手を乗せた。ホログラムの中で回転している土星を覗き込む。


「木星圏は補給のためにやむなく寄ったが、アステロイドベルト戦での損害があそこまで酷くなけりゃぁ本来は土星圏に直行の予定だったからな。土星圏は太陽系生存圏の終端だ。俺達調査隊の前哨基地とも言えるのさ」

「次の行き先は……フロストアーク? 土星にそんな衛星あったか?」


 バングルのホロモニタで通達に目を通していたユリウスが訝しげな声を上げた。レナードの手がフォルテの頭を離れ、ユリウスの頭を鷲掴む。


「ユリウス~。お前座学もっぺんやるかぁ? この辺りは艦内ライブラリにも情報あるだろうが。次の目的地の簡単な情報くらい頭に入れとけ」

「いででで! なんで突然俺にだけ当たりがつよいの班長」

「見せしめ。おいフォルテ、その辺でデコに疑問符浮かべてるバカどものために説明してやれ」


 ぎちぎちと頭を締め上げられて悲鳴を上げるユリウスからさっと一斉に目を逸らした少年たちを半眼で見渡して、レナードは呆れたように顎をしゃくった。フォルテは軽く肩を竦めると、動かない腕の代わりに目線で手元のホログラムを示す。

 

「土星圏の生存可能区ハビタブルゾーンは二つあるんだ」


 立体ホログラムがズームインした。土星の回りを巡る小さな黄色い球がフォーカスされる。


「一つ目は第6衛星タイタン。こっちはメタンの採掘を主に担ってる。そして――」


 ホログラムが再び土星に戻り、球体ではなく環のほうへとフォーカスした。バウムクーヘンの断面のように層になった土星の環の、一際大きい隙間の中にある建造物が浮かび上がる。


「カッシーニの間隙に作られたこの巨大メガ宇宙ステーション、こいつがフロストアークだ。ここでは土星の環から氷を採掘して酸素や電力用の水素を賄ってる他、対アザトゥス戦の前哨基地の役目も担ってる」

「あれ? でもアザトゥスって木星はほぼ素通りして地球圏に行ってんだよな? なんで土星には前哨基地が……いでで!」


 レナードの指が再度ユリウスの頭を締め上げた。犬歯をちらつかせる戦闘班長を宥めるように手を前に出しながら、しれっと拡張視界オーグメントで情報を漁っていたユウが補足する。


「土星は"通り道"なんだって。アザトゥスは必ず土星圏を通ってやってくるらしい。土星と木星、地球を線でつないだ時に木星がその線の中にいれば木星にも襲撃があるって感じ。だから木星はアザトゥスの襲撃頻度が低いんだ」

「そういうこった。あくまで"通り道"に過ぎんから土星も素通りされることは多いが、とにかく通る個体数が多いから接触も増える。接触しなきゃ通り過ぎていくだけだが、下手に接触して侵入を許すと奴らすぐ"巣"を作るからな。土星の防衛は厚くせざるを得ない」

「土星圏の"企業"はその辺りをよく理解してるから防衛軍にも協力的なんだよ。木星企業連合はその辺りも気に入らねーみたいだけどな」


 フォルテは上に向けた手のひらを軽く握った。その手に握りつぶされたかのようにホログラムが掻き消える。フォルテが再び手のひらを開くと、粒子状のリングを強調した平面的な土星のロゴイラストが浮かび上がった。


「フロストアークの運営母体である企業の名はアークトリア・カンパニー。木星圏の人格コピー運用方針なんかにも否定的な人権派企業でな。まあ、結構おもしれーところだよ」



――——————————

お読みいただき、ありがとうございます。

新年明けましておめでとうございます。

今年も黎明のアヴィオンを何卒よろしくお願いいたします。


ナギは拡張電脳で運動機能を補完しての完全復帰です。

リハビリ終わったばかりの右足の蹴りでフォルテの肩をぶち壊しました。相変わらずですね。


次回の更新は1/10です。

それではまた、次回。

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