第4話 換装
「フレーム化ぁ? 人工皮膚を外すのはあんまオススメはしねーけどなぁ」
外装の相談がある、とユウに持ちかけられて話を聞いていたフォルテは、そう言って顔をしかめた。
「ちょっと手ぇ出してみな」
言われるがままに差し出されたユウの手を、握手するようにフォルテは軽く握る。
「この"触ってる感じ"ってフィードバックが、操作には案外重要なんだよ。今どれくらいの力を入れてんのか、どこに触ってんのか。人工皮膚を剥がすってことはこの辺りのセンサを丸ごとブチ飛ばすってことだ。安い義体はコレがねーからリハビリにも苦労する」
「別に人工皮膚がなくてもセンサ類は使えるんじゃないのか?」
ユウは握手したままのフォルテの手の感触を確かめるように、軽くぎゅむぎゅむと握りながら尋ねる。フォルテは呆れたような半眼でユウを見上げた。
「使えるよ。人工皮膚の疑似神経網がなくなるから、その場合全部数値で飛んでくるけどな。それ見ながら操作できんのか?」
「う……それは」
「拡張電脳も使ってないんだろ、あんた。拡張電脳に計算させて感覚フィードバックさせることも出来なかぁないが、効率はよくないぜ。感覚付き人工皮膚を剥がしてまでやることじゃない」
にぎにぎと絶妙な力加減で握ってくるユウの手を、フォルテは嫌そうに振りほどく。
「だいたい、何だって人工皮膚を剥がそうなんて発想になったんだ? まともな神経網つきの人工皮膚に換装したいって話はよく聞くけど、その逆なんて初めて聞いたぞ」
ユウは自分の手に目を落とした。
「どうしても義手に違和感があるんだ。感覚は元の手の時ともうほとんど変わらないのに、自分で切り落とした時のあの感覚が忘れられなくて……。ちゃんとした手がある事に酷い違和感がある」
「難儀だなぁ」
「自分でもそう思う……。で、それならいっそ義手だってはっきり分かる感じにしちゃえば吹っ切れるんじゃないか、って言われてさ」
フォルテは訝しげに眉をひそめた。
「ンなこと、だーれが言ったんだよ。企業でも聞いたこともねー話だぞ」
「ナギが……」
ひそめた眉がくいっと片方上がる。フォルテはミールペーストの味の話をしていた時と同じ表情になった。
「ナギぃ? あいつまだ全身生身だろーがよ、適当フカしやがって……」
「いやでも、たぶん俺の
ふぅん、とフォルテは口を尖らせた。
「何だかちょっと気に食わねーが、あんたがあんたの問題だってんならまあいいや。そういう話なら人工皮膚を剥がすよりいいやり方がある」
* * *
「やあ、どうしましたかユウ君。君から頼み事なんて珍しいですね」
ラウンジに呼び出されたテッサリアは、にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべて言った。ユウは差し出されたコーヒーを一口すする。しれっとユウのコネクタにケーブルを繋いだフォルテが、「あっま」と言って顔をしかめた。
「すみません、班長。木星圏を出てやっと一息ついたところなのに」
「構いませんとも。この歳まで仕事一筋の私みたいな人間はね、何かやることがないとかえって落ち着かないんです。ノーズアートですか?」
「いえ、その話ではなく」
「おや……」
しょぼんと眉を下げたテッサリアに、フォルテが食いついた。
「テッサリアのおっちゃん、ノーズアート描けんの!?」
「おやフォルテ君、ノーズアートに興味が?」
テッサリアの小さな目がきらんと光る。すかさず懐から小さなリングノートと銀色のシャープペンシルを取り出すと、かちかちと軽快に芯を押し出した。
「君のスター・チルドレンも大変よい機体ですからね。どんな意匠がご希望です?」
「やっぱオーソドックスに
「おや、渋いですねぇ」
嬉々としてリングノートの1枚にラフを描き始めたテッサリアの手元を、フォルテは覗き込む。
「っあ~、いいねぇ……。あーでも横腹に描く絵もいいんだよな……じゃねえ、ゴメンその話もすげーしたいんだけどまた今度で。義体の話をしに来たんだ、今日は」
「おや、そうでしたか」
さらさらと心地の良い音を立てていたシャープペンシルが止まった。描きかけのラフの横にフォルテの名前を書き込んで、テッサリアは小さなノートをぱたんと閉じる。
「義体の話なら副班長さんのほうが良いかもしれませんが……私は外装の調整くらいしか」
「まさにその外装の話なんです」
すっかり話から追い出されていたユウが話の主導権を取り返す。ぽつりぽつりと義手の違和感について語るユウの言葉に、テッサリアは黙って耳を傾けた。
「それでフォルテが、
「
テッサリアは再びリングノートを開いた。さらさらと腕の形を描き込み、そこにラインを引き始める。
「不可逆なものでもありませんから、とりあえず試してみると良いんじゃないですかね。企業の方からは義体用の備品と設備を諸々融通していただきましたから、結構何でもできますよ」
ぐっと拳を握って頼もしい笑顔を見せた整備班長に、フォルテがおずおずと尋ねた。
「あのさ……ついでというか……俺も、その、義体絡みで頼みがあるんだけど」
「はい」
「見ての通り俺の外見、ガキなんだけどさ……これ年相応の見てくれになんねーかなって……」
「ふむ」
ユウの
「出来るできないで言えば、出来ると思います。ただね……性能は落ちますよ。君の義体はかなり良いものなので。切り替えの調整も必要でしょう」
性能が落ちる、と言われたフォルテは少したじろいだ。だがぎゅっと眉を寄せて唇を引き結ぶ。
「んん……いや、性能はこの際良いよ。それにユウのと同じで、こいつの換装だって別に不可逆じゃないんだろ?」
「そうですか……まあ、君がいいなら調整してみましょう」
「班長。シエロみたいな遠隔で一度試してみるのはどうですか?」
勿体ない、と表情にありありと書いてあるテッサリアにユウが尋ねた。テッサリアは頷く。
「お試しなら、それもいいかもしれません」
テッサリアはリングノートを閉じて立ち上がった。親身に相談に乗る仲間の顔から、"整備班長"の顔になる。
「ではさっそく、取り掛かりましょうか」
* * *
テッサリアに相談を持ち掛けてから数日後。昨日1日預けていた義肢への
「歩きづらそうですね」
いつもよりぎこちない足運びのユウの足元を、シエロが覗き込む。靴を履いていない左足のズボンの裾からは金属のフレームが覗いていて、歩くたびにかつんかつんと硬質な音を立てていた。
「うん……
「ユウ君、こっちです」
工作室の入り口でそう言って眉を下げたユウを、作業場からテッサリアが手招いた。
「わぁ」
作業台の上に乗っている腕と脚を見て、シエロが何とも微妙な声を出す。血色の良い精巧なそれが、繋がるべき身体から切り離されて並んでいる様は少しだけ猟奇的にも見えた。
「お、ユウのも出来たのか」
テッサリアの向こうから、ひょこりと知らない顔が覗き込んで言った。ユウは二、三度瞬いてから眉根を寄せる。整備班と戦闘班の面々は全員覚えているつもりだったのに、どうしてもそれが誰なのか思い出せなかったからだ。
「あれごめん……ええと……」
「おれおれ。フォルテだよ」
「おお。外装、変えてもらったんだ」
数日前のやりとりを思い出して、ユウはぽんと手を打った。それからまじまじとフォルテを見上げ、軽く唸って顎を撫でた。
「……だいぶ盛ったね?」
すらりとした体躯の上に乗った端正な顔が、ひくりと引き攣る。フォルテが口を開きかけた時、その更に後ろから整備班の面々がぬっと顔を出した。
「そう言ってやるなよユウ!」
「そーだぞ、好きな娘に振り向いて貰うためなんだからむしろ盛らないと!」
「我らがユリアさんにやっと来た春だからな! 全力でサポートするぜ!」
な! と言って背中を叩かれたフォルテがたたらを踏む。妙にぎこちないその動きを見て、ユウは顔をしかめた。
「出歯亀根性で
「ま、まだこの
先日格納庫でユリアに盛大に暴露されたおかげで、フォルテの恋路は皆の知るところとなっていた。ただでさえ娯楽の少ない長期航海の最中である。皆生暖かい目で見守りつつも、隙あらばこうして余計な世話を焼こうとしていた。そもそもがほぼ志願制のこの隊で整備班に手を挙げるような連中は、他人のサポートが好きなのである。どうにも今回もなにやら変な方向に加熱しているようであった。
フォルテは青年の体躯でもじもじと両手の指をすり合わせる。
「一応AIに元の義体のスキャンデータから年齢相応までの成長分をシミュレートさせた結果をベースに組んだんだけどな……。ま、まあちょこっと気になるトコは弄ったけど? そんなに派手にはやってねーし……整備班の皆もいいって言ってくれてるし……」
「いや、なんていうかその」
「ユウ君、こちらは準備出来ていますよ」
会話の途中でつんつん、と背中を突かれてユウはぱっと振り返った。
「す、すみません班長」
慌ててシャツを脱ぎに掛かる。上半身がタンクトップだけになったユウの、剥き出しになった機械腕を外しながらテッサリアは尋ねた。
「仮義肢の調子はどうでした?」
「やっぱり感覚フィードバックがうまくいかなくて……。いつもの腕の方が使いやすいです」
「ですよねぇ。……よいしょ、と。嵌めますよ」
テッサリアが腕を持ち上げて、接続面をコネクタに嵌め込む。ぴりっ、と軽く痺れるような特有の感触がしてから、全ての感覚が戻って来た。ほっと息をつく。腕を軽く回してから拳を軽く握ったユウの
「
「はい。もう点けても?」
「ええ」
ユウは一度付け替えた腕を眺めた。いつも通りの何の違和感のない腕。小さく喉を鳴らしてから
さあっと、義眼と同じ淡い青のラインが、指先から腕を駆け上がった。肉眼では見えない精度で継ぎ合わされた人工皮膚の継ぎ目から漏れ出るような、細く繊細なラインが脈打つように光る。整備班の面々に支えられて歩く練習をしていたフォルテが、ぎこちなく歩み寄って興味深そうにユウの腕を覗き込んだ。
「へぇー、随分ぽいじゃん。テッサリアのおっちゃん、センスあるなあ」
「ふふ、ありがとうございます。メカっぽいでしょう?」
ユウはとくん、とくんと明滅しながら腕を駆け上がり続ける光をじっと見つめた。リハビリを経て元の腕と遜色ない感覚を取り戻したそれの上を走る機械的なラインが、心臓の奥に喪失を刻みつける。メンテナンスのために外したり、仮義肢に変えていた時のほうがよほど腕がない、という実感があったのに、ようやく"喪失"を取り戻したような気持ちだった。
「お揃いですね」
ガコ、と小さく機構変形の音がして、ユウは振り向く。変形を途中で留めたシエロの腕に露わになった継ぎ目に、ユウはその気持ちの正体を知った。難儀だなぁ、と言ったフォルテの言葉が蘇る。本当にそうだと思った。これは一種の罪悪感だ。下がりそうになる眉を引き上げた。口の端を持ち上げて笑顔を作る。気付いてしまったその感情を漏らさないようにしながら、ユウは頷いた。
「とてもしっくりきます。ありがとう、班長」
テッサリアはにこにこと笑って頷き返す。作業台の上の脚を手に取った。
「良かった。脚にも同じ処置をしてあります。こちらも換えてしまいましょう」
「はい」
ユウは頷いて、ズボンに手を掛けた。そのまま少し固まって、自分を見つめたままのシエロに半眼を向ける。
「あの、シエロさん? ちょっと後ろ向いてもらっても」
シエロは首を傾げた。さらりと青い髪が流れる。
「はい? 何故です?」
「いや、今から下脱ぐから……」
「ええ、どうぞ?」
見守るのが当たり前だ、とでも言いたげな表情でシエロは鷹揚に頷いた。フォルテが呆れ顔で首を竦める。
「いやシエロ、女のコに見つめられちゃユウだって脱ぎづれーだろーがよ」
「……ああ。そう言えば私、今外装そうなってましたっけ……。失礼」
「……助かるよ」
素直に背を向けたシエロに安堵の息を零して、ユウがズボンを引き下ろした時だった。何の前触れもなくばん、と工作室の扉が開いて「ねぇ、ホントなんなのよ」と言いながら整備班の少年たちに押されたユリアが工作室に押し込まれる。ズボンを脱いだユウと、ユリアの視線がばちっと合って。女の子のような悲鳴を上げたのは、ユウのほうだった。
* * *
「……悪かったわね」
「ユリアは悪くないよ。俺こそ見苦しいものをその……ごめん……。とりあえずエリックは後で殴る。義手のほうで殴る。2回分殴る」
「ごめんてユウ~~」
ユリアを連れてきた、そしてナギの車椅子を改造した主犯でもある
「違うんだよ俺は。ユリアさんにはユウのパンツを見せたかったわけじゃなくてだな」
「当たり前だろ!」
「……ユリア」
エリックの向こうから、すらりとした体躯の青年がユリアに呼びかけた。
「……?」
ユリアが怪訝な顔を振り向ける。少しスムーズになった動きで、フォルテがユリアの前に立った。
「あんたが子供には興味無いって言うからさ。ちゃんと年相応の見た目にしてみたんだ。どう?」
ユリアの青い瞳が、暗闇の中の猫のようにまん丸になる。
「……フォルテ?」
うん、と青年は少し照れくさそうに頷いた。ユリアはむむ、と小さく唸って唇に軽く握った手を当てる。しばらくそうしてじっとフォルテを眺めていたユリアは、ぽつりと言った。
「……何かヤダ」
あちゃー、と作業台の影に積み重なった整備班の少年たちが額を押さえる。露骨に傷ついた顔をしたフォルテに、ユリアは慌てたように手を振った。
「ゴメンちがくて……。いやだってアンタ、それは……そうではなくない? ちょっと思ってたのと違うっていうか……――」
「思ってたのと?」
フォルテが目を瞬かせてユリアの言葉を繰り返す。ハッとしたようにユリアが両手で口を押さえた。
「な、なんでもない。今のナシ」
「なあ、それって……」
「うるさい。忘れて」
フォルテの台詞を遮ってむすっと唇を引き結ぶと、ユリアは素早く身を翻す。
「用、これだけなんでしょ。私帰るから」
「あ、おいちょっと待って……」
さっさと工作室を後にしたユリアの背を、フォルテは呆けたように見送った。作業台の方を振り返る。まだユウの脚を持ったままのテッサリアの苦笑いと、整備班の少年たちの生温かい視線がフォルテを迎えた。青年の長い指が自分の頬をぺたぺたと触って、それからぽつりと呟く。
「とりあえず義体、元に戻すわ……」
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お読みいただき、ありがとうございます。
バングルには充実した電子メモ機能がありますが、ちょっとした図面を引いたりラフを描くのには紙を愛用している整備班長です。実は趣味はスケッチで、リングノートには色んな人の似顔絵が描かれているんだとか。
次回の更新は1/3です。皆様良いお年をお迎えください。
それではまた、次回。
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