第十一話 戻って戻って戻って—1


「―――万物に宿りし精霊よ…この者の傷を癒したまえ―――」


 基地にて、オーニは怪我の治療を受けていた。

 魔法の行使には基本的に大気中にある魔素を用いるが、それを受け入れる器を酷使してしまうと、今回のような傷を負うことになる。彼女らはそのことを代償と呼ぶが、ただ単に器が壊されてしまうというだけである。


「はい。治りましたよ、オーニさん。」

「…ん、ありがとう。」


 前哨基地には、回復係――治療師が常駐している。戦場から帰って来た兵士たちを応急的に癒すために。


「おい、治療が終わったならちょっと来てもらえるか?」


 オーニの後ろから、マンサクが声をかけた。彼はまるでいつも通り、ルークが土石流に飲み込まれた後であるという事を忘れているような声色をしていた。

 そんな彼に、オーニは黙ってついて行った。


 外は雨がやみ、暗くなっており、黒色をした空には無数の星たちが輝いていた。

 マンサクは前哨基地を出て正面にある丘を登り始めた。


「今まで雨が降ってたのに、晴れた夜空は奇麗なもんだな。」


 マンサクは丘を登りながらつぶやいた。


「…そんなことを話すために私を連れだしたわけじゃないでしょう?それに、まだ雲がかかってるわよ。」


「…なるほど。じゃあ聞くが、お前さんはどうして時を戻さなかった?正確に言えば、土石流の時だが。」


「私の時を操る魔法は同時に他の操作はできないわ。しってるでしょう?それに、”戻す”のは”止める”のよりも難しいのよ。消費する魔素も膨大になるし、私の全てを代償にしないと大幅な遡行は不可能なの。」


「…そうか。」


 やがて、二人は丘の上に生えている巨木の根元にたどり着いた。なんとなく、特に理由もないが、二人は自然とその根元に座った。


「じゃあ私も聞きますが、あなたはどうしてあの時、ずっと安全地帯で叫んでいたんです?」


「ガラームが自分の全てを代償に遡行させなかったのと同じ理由って言えばわかるか?」


「なんでその名で呼ぶのよ。嫌いなのだけど。」


「まぁまぁ、幼馴染の仲じゃないかオーニソ・ガラームさんや。」


 マンサクはそう言うと、オーニの肩に手を置いた。オーニはその手をすぐさま手で払った。

 そして、彼らの間に少しの静寂が走る。


「ねぇ、」


 口を開いたのはオーニだった。


「一つだけ方法があるの。”転換点”へと戻ることができるほどの遡行を使う方法が。」


「ほーん。そんなのがあるのか。…まさか、自分を犠牲にするとかじゃないよな?」


「右手はなくなるだろうけど、多分それだけで済むわ。」


 彼女はスッと立ち上がった。その彼女の姿をマンサクは横目に見ながら、ただぼうっと夜空に浮かぶ月を眺めていた。


「正直悩みましたけれど、あの子を代償にすればあるいは…」


「ほーん…ユウト君か。」


 マンサクは、最近よく話すようになった少年のことを頭の中に思い浮かべた。赤い髪、小さな体躯、中性的な顔立ちのそれらを思い浮かべ、その後に、彼がルークに拾われたことと、この侵攻の少し前から彼とルークの間に少し距離が生まれたことを思い出した。


「そうか…あの子はルーク様と仲が良かったからな…」


「思いが強ければ強い程、魔素へつける方向性が強くなる。強力な魔力が生まれる。それを利用すれば何とか行けるわね。」


 彼女は丘を下り始めた。


「本当にやるのか?」


「ええ。」


「ユウトの気持ちを考えたりはしないのか?」


「死んだらそれまでよ。じゃあ聞くけど、あなたはユウトとルークの命、どっちの方が大切なのかしら?」


 マンサクは口ごもった。たかが数日間過ごしただけのユウトと、何年間も仕えてきた主君。そんなの比べるまでもない―――が、


「きっとルーク様は自分の命よりユウトの命を優先するだろうからな。」


 結局、どっちつかずの答えとなった。そんな迷った末の答えを聞くと、オーニは「ふうん」とだけ言い、丘を降りていった。

 マンサクはというと、相変わらず巨木の根元に座り込み、ただ月を眺めていた。


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