第十三話 魔術


 少し前にも触れたが、魔法というのはこの世界の大気に含まれる”魔素”という物質に何らかの方向性をつけ”魔力”に変換、その力を利用し世界に変化を起こすことであった。


 では、”魔術”というのは?

 魔法は魔素を魔力に変換するという手間があったが、魔術にはそれがない。つまり、魔素の変換過程で必ず出てきてしまう無駄を極限まで減らすことができるのだ。

 しかし、それが使えるのは体が魔素で構成された魔獣か、無意識でも魔素を捉えることができる魔人しかいない。

 では、魔人は何者なのか―――魔人とは、赤い髪を持った女性である―――わけではない。魔人はそもそも人ではない。

 例外的に人となった魔獣、これが魔人の正体である。ただの理性を持った魔獣である。


 そして、ユウトはそれである。


 ある時、ユウトは絶飲絶食をしていた。一般人なら死んでしまうような期間のそれでも、ユウトは生き続けることができた。つまるところ、魔獣や魔人は魔素を栄養に変えることができるため、長期間の飲まず食わずに堪えることができたのである。


 まぁ、それは一旦置いておくとして、着目すべきは魔人は魔素を魔力に変換することが無いので、その過程で生まれる無駄を大幅に削減できるという点だ。

 つまるところ、魔力を受け入れる器なしに魔素をそのまま行使できるので、器の酷使による器の損傷が起こらないのだ。これはつまり”代償”なしで魔法を使えるという事を表している。


 例えば、もしも長距離時空間跳躍移動ロングリープをユウトが行使していたのなら、大気中の魔素を消費するのみで、誰かがその時空間上から消え去るなんてことは起こらなかったのだ。

 しかし、オーニソ・ガラームは長距離時空間跳躍移動の代償をユウトに肩代わりさせ、それを行使しようとした。

 ユウトは魔人なので、魔法ではなく魔術を行使する。一方、オーニは魔法を行使した。魔素を魔力に変換するためには、どこかで受け入れなくてはならない。しかし、ユウトは生物的にその機構を持っていなかった。

 結果として、すべてをオーニの体で受け入れ、そこで変換することになった。

 それがただの魔法であるならば、存在までが消えることはなかったが、何せ時を操る―――時空を司る神による魔法であったため、オーニソ・ガラームの全てを以って、長距離時空間跳躍移動の行使に至ったのである。



■■■



 僕以外の全員がオーニのことを忘れてもう一週間が経った。皆がいつも通りの日常を過ごしている中で、僕のみが非日常を過ごしているように感じた。


「ユウト、どうした?手が止まってるぞ?」


 マンサクが僕の方を向いて言った。


「…マンサクさんって、オーニさんのこと知ってます?」


「オーニ?誰だそれ…」


「……何でもないです。」


 一料理人が知るはずもなかった。この一週間、僕が話しかけることができる者に片っ端から話しかけて、オーニのことを知っているか確認した。

 結論、彼女のことを覚えている者は僕以外で誰もいなかった。オーニとは別に、「時を操る魔法使いを知っているか」という質問もしてみたのだけど、皆が口をそろえて「知らない」と言った。つまり、現存する「時使い」というのは僕のみとなる。この状況は普通に考えたらかなり都合がいいのだけど、しかしよくよく考えてみると全くよくない。

 オーニという時使いは、周辺諸国に少なからず圧力をかけていた。そんな彼女の存在がすっかりなくなってしまったのなら、この国は一瞬で攻め落とされてもおかしくない。

 

「……矛盾?」


 オーニが存在ごと消え去ったのなら、彼女がこれまでやったこともすべてがなかったことになっているはずだ。つまり、僕が彼女から学んだ時を操る魔法というのも使えるはずがないわけで…

 僕は試してみようと、洗っている最中の皿を手に取り、床に落としてみた。

 白く薄い円盤は、灰色で硬い石の床に衝突しかけた。


「―――時間停止タイムストップ


 唱えると、厨房の中にあるすべての物質が、その時を止めた。マンサクも、落下している皿も、僕以外の全てがその場で電池が切れてしまったかのように停止した。

 全てが休止したその空間で、僕は床に触れんとしている皿を持ち、魔法を解いた。

 すると、何事もなかったかのように、すべての物質はその活動を再開した。

 僕の手には、たった今落とした皿がしっかりと握られていた。


「…矛盾だ。」


 彼女の存在が無くなったはずなのに、僕は彼女に教えられた時を操る魔法を使う事ができる。僕の中で、ある一つの仮説が浮かんだが、それを確定させるには証拠が少なすぎる。時を操る魔法の知識を記憶しているためにそれを行使できるだけで、実は本当に彼女が存在ごと消されたのかもしれない。

 さて、僕の中で生まれた仮説というのを何とか証明するために僕がとった行動というのはとてもありきたりなもので、つまり帰郷だった。


「少しやり残したことがあるので、あの村に一回戻りたいのですが…」


「いいよ!じゃあ明日にでも出発しようか!」


 僕が話しかけたのはルークだった。というか、彼の許可がなければ僕は外出ができない。この前、勝手に外に出たので、それのペナルティのようなものが課せられたのだ。


「ちょうどそろそろ前哨基地に行こうと思ってた頃だし、ちょうどいいよ。」


 彼は僕の頭をなでながら言った。最近僕の周りの人たちのボディタッチが多くなってきてる気がする。いや、別に嫌ではないし、純粋な母性父性のようなものだと思うから別にいいのだけど、そろそろ僕は思春期なので少し気になり始めるのだ。

 僕は頭をなでてくる彼の手を掴んだ。


「…ん?あ、あぁ!ごめんね!ちょっと距離が近すぎちゃったかな?」


 彼はそう言うと、僕の頭の上に置いていた手を慌てて離した。


「…えぇ、まぁ…」


 二人の間に微妙な空気が立ち込める。見上げてみると、彼は僕から目線を逸らし、整った金髪を掻いていた。

 いつか、僕が執事長から言われた言葉が頭の中に浮かんだ。


「つまり、彼があなたに惹かれてしまうかもしれない、という事です。」


 そんなことはあってはならない事だけど、この世には万が一がある。彼から見た僕はもちろん同性だろうけど、僕から見た彼は異性なのだ。僕が意識してしまう事はあっても、彼が意識するようなことはない。絶対にだ。


 そんなこんなで、僕とルーク、その他の兵士たちはフェルノーデス村へと足を運んだのだった。

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