第十二話 戻って戻って戻って—2


 絶賛勉強中の僕なわけなのだけど、時を操る魔法の勉強中、オーニは僕にそれをさせている理由を話し始めた。


「ただ時間を戻すだけなら私一人の手で十分。でも、時間を戻す代償で、私はきっと命を落としてしまうの。時を操る力は強力だから、私の存在だけで他国に圧力をかけることができる。そんな存在がいなくなってしまえば、たちまちこの国が侵略されて終わってしまうの。それを避けるためにも、私はあなたに時を操る魔法の全てを教えてるのよ。」


「なるほど…」


 つまり、彼女はここで命を捨てる覚悟をしているのだ。ルークのために命を捨てる…僕にできるかと言われたら多分、到底出来そうにない。まだやり残したことがたくさんある。それらを果たすまでは死ぬことができない。僕の人生は誰かに左右されていいものじゃない。

 だからこそ、僕は彼女が本当にやろうとしていることを知らずに、ただ尊敬していた。


「分かりました。死力を尽くします。」


「……そうしてもらえると助かるわ。」


 彼女は静かに答えた。



 勉強を始めてはや二か月、僕と彼女はこれまで一度も飲食も排泄も行っていない。理由を聞くと、どうやら僕と彼女がいる空間は時の流れが遅くなっているのだとか。


「これ以上時が離れると戻せるか分からないからね。利き手の右手を差し出してやっと半年分時を止めるに至ったのよ。」


 部屋に入った時は両手があったが、確かにいつの間にか彼女の右手は無くなっていた。


「いいんですか?」


「どうせ死ぬもの。」


 そんな問答をして、やがてこの場に静寂が訪れた。僕は再び集中しなおし、勉強に取り掛かった。



 四か月が経った。


「どう?順調?」


 それまであまり話しかけてこなかったオーニが心配そうに聞いてきた。


「大体わかりましたよ。まぁ、何回か体験してますし、あまり難しくはなかったです。」


「それはうそよね?」


「?いや、事実ですけど…?」


 確かに、僕がこれまで魔法について一切触れてこなかったのであればこんなにすぐ学ぶことはできなかった。僕は他の使用人の姿を学んでいた空き時間に王宮にある図書館にて魔法の勉強をしていたのだ。だから魔法に対する造詣が深い。それに加え、この本はとても読みやすい。まとめ方がなんというか、美しく感じるほどに読みやすい。それらの要因により、僕は時を操る魔法の八割ほどは理解することができた。


「…分かったわ。早ければ早いほどいいし、早速始めましょうか。」


 彼女は左手を僕の頭にのせた。


「……ねぇ、ユウト君。」


「なんです?」


「君は、まだこの世にやり残したことってある?」


 変なことを聞くな、と思った。しかし、彼女の最後の質問なので、答えなければ失礼だろうという気持ちが僕の口を開けた。


「あります。生き別れの、妹みたいな存在のミズって子がいるんですけど、彼女が元気にしてるか心配で。」


「………そう。」


 オーニは静かに呟くと、詠唱を始めた。


「―――時は、時間とは即ち、絶対不変のこの世の理である。しかして、愚かなる私がこれより行うは、理を歪める行為。時空の神よ、数多の分岐よ、不変を曲げ、理を侵すことをどうか許したまえ―――長距離時空間跳躍移動ロングリープ


 詠唱を終えたとき、彼女は僕にささやいた。


「ごめんなさいね――――」


 その言葉が耳から脳に届いた頃には、僕はその場から完全に消え去っていた。



■■■



 気づくと、僕は暗い林の中に立っていた。前にも一度訪れたことがある―――ここでは初めてか。

 僕は以前と同じように林の中を歩いた。すると、以前と同じように王城の裏口へと辿り着くことができた。以前と同じように、私服の男性が裏口の前に立っている。


「…?あれ?」


 もちろん、その私服の男性というのはルークなのだが、何かが前回とは違った。

 そのなにかは多分、表情だ。前回は怒っているような顔をしていたが、今回はまるで心配しているような、不安そうな表情をしていた。

 まじまじと観察している僕の視線に気づいたのか、彼は僕の方へ近づいてきた。


「ユウト!これまでどこに行ってたんだ!?」


「え、いや、オーニさんの塔ですけど…」


 そう言った瞬間、彼は首を傾げた。


「オーニ…?誰だい?その人は。まぁ無事だったならいいよ。」


 彼はそう言うと、僕の手を取り城内に連れて行った。すでに城の明かりは消されているため、廊下を照らすのは月明かりのみだ。

 ルークが振り返り、僕の目線に合うよう身をかがめた。


「ユウト君、僕はね、君が危ない目にあってしまわないか心配なんだ。」


 彼は僕の頭を触りながら言った。こんな会話を以前も聞いた。


「君はこれまで虐げられてきた。この世には、赤い髪だというだけで差別をする輩が大勢いる。というか、それが世界の大半を占めているんだ。君が街を歩くだけで、石を投げられるかもしれない。憲兵に捕まって何かしらの罪をこじつけられてしまうかもしれない。強い恨みを持った人に殺されてしまうかもしれない。見世物として売り飛ばされるかも―――」


「あの!」


 考えるよりも先に言葉が出た。大声を出した僕のことを、彼はびっくりして見つめている。


「どうしたんだい?」


「本当にオーニさんのことを知らないんですか?」


 そう言うと、彼は自らの頭を掻いた。


「いや、なんだか聞いたことはあるんだ。でも、ごめん。思い出せないや。とりあえず、あまり迂闊な行動は慎んでほしいってことを伝えたかったんだ。僕はこれで失礼するよ。」


 彼は振り返り、歩き出した。そんな彼の背中をただただ眺めることしかできなかった。


「…オーニさんのことを誰も覚えてないのか…!?」


 彼女の幼馴染と名乗ったものも、彼女が命を賭して救った者も、僕以外は全員、彼女のことを覚えていなかった。

 …冷たい風が僕の横を通り過ぎた。


「…嘘…それは嘘でしょ…」


 僕は一人ぼっちの廊下でつぶやいた。

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