第四話 別れて出会ってそして始まる―4


 それからの僕の生活はとても充実していた。あの騎士は実は他国の王子様だったらしく、その王宮で僕は執事として働かされることになった。「君みたいに籍が無い子供を働かせてあげられる場は残念ながら無いんだ。だから王子の強権で、ここで働くことを許可したってわけ。」だそうだ。彼の名前はルーク・ガランドといい、ベールべニアという国の王子である。


「やっ!元気してるかい?」


 王宮の廊下で会うたびに、彼はそう聞いてくる。彼は快活な人間なのだけど、自分の立場という物を理解してもらいたい。彼は王子で僕は召使の見習い。本来会話ができるような身分ではない。


「…王子様、私は召使見習いでありますがゆえ、そのような軽率な発言は控えていただけると幸いなのですが…」


「え、僕なんかした?ユウト、なんでそんな距離をとりたがるんだい?もう親友じゃないか。」


 彼の側仕えの視線が痛い。ルークは僕が側仕えのことを気にしていることに気づき、彼らに向き直った。


「ごめんね。君たちが不満に思うのは分かるよ。ただ、彼はこれまで恵まれない境遇にいたんだ。少しくらい報われてもいいだろう?」


 別に恵まれていなかったわけではないのだけど、その勘違いは僕にとって都合がいいので指摘しないようにした。

 この王宮では、僕は「オーユリ国で酷い扱いを受け、それに心を痛めた王子によって保護されたかわいそうな少年」であると考えられている。そのため、少しくらい世間知らずな態度でも、つけあがらなければ大抵のことは大目に見てもらえる。それに加え、現在ベールべニアの次期国王第一候補であるルークの庇護下なので、よほどの世間知らずでなければ僕にどうこうできない。

 ある程度の自由が許されている状況、僕のすべきことといえば、ミズや両親の行方を捜すことくらいだ。


「おいユウト、皿洗いの手が止まってるぞ。」


 厨房にて、背の高い料理人が僕に向かって言った。現在の僕は、将来的に料理が作れるようにと厨房で料理人の姿を観察しながら皿洗いをしている。下っ端仕事を愚直に行えば、僕が真面目で意欲がある人間だと思わせることができる。そうすれば、僕の悪いイメージを払しょくできると考えたのだ。


「すみません。少し、考え事をしていたので。」


「皿を洗う時に考えることなんて、皿を洗う以外になんかあるか?」


 背の高い料理人が顔色を変えずに僕に話しかけてきた。なんだか少し威圧されてるように感じる。この質問に間違った答えを出してしまえば、僕の顔半分くらいの大きさを持つ彼の拳が飛んできてしまうかもしれない。

 とりあえず、僕は当たり障りがなさそうな回答をした。


「…ないです。」


「嘘だろ。あるだろ何か。そんなつまらない人生があるのか。」


 彼は驚いたような顔をした。彼より僕の方が驚いている。案外、彼は愉快な人間だったようだ。改めて顔を見てみると、彼はどこかで農業でも営んでいるのか、はたまたパンを焼いて売っているのか―――いや、料理は作っているが、まるでそう思えるほどに丸っこく、穏やかな顔つきをしていた。


「…僕がルーク様に拾われた時、両親がどこに行ったのかなとか、そんなことを考えてました。」


「ほーん。まぁ、ルーク様は無駄な殺しはしないから、村を壊滅させたって聞いたけど、たぶんオー二様の魔法で建物を崩壊させたってだけだろうし、多分、村人たちは近くの村に移り住んでたり、国を出たり、もしくは都に移住しているのかもしれないな。とりあえず、死んではいないだろうから安心しな。」


 別に親はどうでもいいのだけど、耳寄りな情報を手にすることができた。


(そうか、あの”時使い”はオーニって言うののところに 僕は彼女に聞きたいことがあるのだが、なかなか彼女が見つからないので、どうしようかと思っていた。名前さえわかれば、あとはルークに聞くだけだ。


「ありがとう、背の高い料理人さん。」


「マンサクだよ。同じところで働くどうし、頑張って行こうぜ。」


 マンサクと名乗った彼は、自分の胸のところを拳でトンと叩いた。それになんの意味があるのか分からないが、僕も彼をまねて握りこぶしをつくり、自分の胸をトンと叩いた。

 それをみたマンサクは何がおかしいのか、笑い出した。


「よし!じゃあこの調子で皿洗い、頑張ってな!俺はもう暇だから寝る。」


 それでいいのかな、と思ったが、厨房にいる他の料理人が誰も指摘しないのをみて、なんともなさそうだと安心した。

 僕は、流し場に山積みになっている食器に取り掛かった。



 皿洗いを終え、僕が使用人用の部屋へと向かっている最中、再びルークと出会った。


「やっ!元気にしてるかい?」


「おかげさまで、それはもう元気すぎて空へと舞い上がってしまいそうですよ。」


「いやそれ死んでるじゃーーーーん!!!!」


 ルークが僕のあまり面白くないボケにツッコミを入れた。笑ってるのが自分だけという事に気付いてほしい。


「いやーまさかユウト君の口からそんな愉快な言葉が出るなんてね!調子は絶好調?それとも、何かあったのかい?」


「えぇ、まぁオーニ様がどこにおられるのかという事を聞きたいのですが…」


 彼は笑いながら答えた。


「オーニか!オーニは基本、城じゃなくて城の横にそびえてる塔にいるからね!城を探し回ってもいないよ!どうかしたのかい?呼んで来ようか?」


「いえ、そこまでしてもらわなくとも…場所を教えていただけで大丈夫ですよ。」


 僕は、この城を外から眺めたことが無いので、塔がどこにあるかなどは把握していない。最初に来た頃にルークに連れられて城内を案内されたのだけど、その時には塔の話は出てこなかったのでどこから行けるのかもわからない。

 とりあえず、僕はこの場を後にし、塔探しに出ようとした。

 が、ルークが僕のことを引き留めた。


「ユウト君!どうして君はオーニのもとへ行こうとしているのかな?正直、あまりお勧めはできないよ?」


「そうですか?まぁ僕はオーニ様のところへ行きたいだけなので、これで失礼しますね。」


 僕はそう言って振り返り、歩き出した。


「ユウト君!なんでオーニのところへ行くんだい!?理由くらい教えてくれてもいいんじゃないかな!?ねぇ!なんで!?もしかしたら、実験動物にされちゃうかもよ…?っておい、ユウト君!ユート君!!ユ―――――!!!!ト―――ー!!!」


「王子!!さすがに落ち着いてください!!!!」


「だってだってユウトが!!!オーニに取られてしまうかもしれないんだぞ!!!」


 後ろから叫び声が聞こえるが、僕はその一切を無視し、塔へと向かった。

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