第十五話 そして始まる


 涼しい空気が頬を撫でた。遥か遠くの丘の上に見える風車は今日も回り続けている。風車のある丘の麓には、十数棟の家屋が点々としている。

 村を囲んでいる丘の内、巨大な木が生えている丘の木陰で僕は村を眺めていた。今日も村人達は農作業をしたり酪農をしたりと、各々がやらなければならない作業に精を出している。

 すべて、なんだか見覚えがあった。そして、この後起こることも、なんとなくだが分かるような気がした。


 僕のいる丘に向かって駆け上がってくる少女の姿が見えた。彼女は腰のあたりまで生えた金髪を揺らしながら、僕に向かって手を振り、笑いながら走ってきた。


 そうだ。僕はこの後にされることが”分かっていたが”、結局避けることなどはしなかった。


「どーーーん!!」


 見覚えのある風景、聞き覚えのある声、すべてがデジャブのようで、僕は気味が悪くなった。


「ユウト!!元気!?」


「……さっきまではね。」


 何もかも覚えがあって奇妙だ。僕の心の奥底で、何かが渦巻いているような気がした。何かをしなければいけないような義務感。焦りとでもいうのだろうか。

 僕はてっきりそれを彼女に”あのこと”を聞くことだと勘違いをし、またもや不快感に襲われることとなった。


「…そういえば、鑑定の結果はどうだったの?」


 おそらく彼女はこう言うだろう。


「なんかよくわかんなかった。」


 何もかもが気味が悪い。これまではこんなことはなかった。そう、これまでは確実になかったはずだ。たった今、何かが変わったのだ。

僕は気味が悪かったが、それと同時に、なんだか安堵していた。


「…あ、そういえば…」


 彼女が僕の手を掴んだ。


「…?どうしたの?」


「私、追われてたんだった。」


 意味の分からない彼女の言葉を理解するより早く、丘の麓にいる一人の農夫がこちらに気づき、声を上げた。


「いたぞ!こっちだ!ユウトと一緒だ!」


 彼の大声は村中に響き、それにより、大勢の村人がこちらへ向かってきた。


「え!?なんだ!?」


 僕の声は動揺していたが、やはり覚えのある展開で、心の内から驚くことはできなかった。


「説明してる暇はないわ。急ぎましょう。」


「なんなんだよそれ、ほんとにさぁ…!」


 僕たちは同時に走り出した――――互いに違う方向へと。


 たった今、この瞬間から心の中にあった不快感が無くなったような気がした。



■■■



 本来ならば、彼女の心にわだかまりのようなものが残ることはなかった。なぜなら、彼女が行ったのは紐を解く行為。無理やり紐を切断し、他のものと結合させたわけではないのだ。そのため、記憶の維持ができるわけがない。

 しかし、実際ある程度維持したままという事は――――ー


「うーーーん…ちょっとゴチャってなっちゃったわね……」


―――全く別の人物の介入があったのだ。


 彼女は一面が真っ白な空間に存在していた。床は現在足をついているから分かるが、しかし天井は見上げても見えてこないので分からない。

 そんな無個性な空間には、しかしとても特徴的なものがあった。

 何本もの柱が、天井を目指して建っていた。途中で折れているものや、限界が見えないほど伸びているもの等、多種多様な柱がそこにはあった。


「…まぁ、いいかしら。」


 彼女は先ほどまで注目していた柱から目を離し、すぐ隣の柱に目をやった。」


「次はこっちにしましょうか。」


 彼女はその柱に、傷をつけ始めた。


 先ほどまで、隣の柱にしていたように。




■■■ 一章、終わり ■■■


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