最終話「         」





「────なら、私を使って・・・・・ください」



 死を覚悟し、闇に消えゆく彼の手を掴んだ私の口から出たのは、突飛もない言葉に聞こえたことでしょう。けれど、刹那飛び出したその言葉が、私を導いて・・・・・・くれたのです・・・・・・


 私はあなたの力になる。

 あなたの役に立てるのならば、何をするのも臆さない。 


 ──あなたが、私を導いてくれたから。





「……ステラ。何を、考えてますか」

 


 おどろおどろしい怨嗟が響く今際いまわきわで、冥府を背負う彼の瞳は揺れていました。



 ──ふふ。そうですよね。そうおっしゃると思っていました。

 優しい人。暖かい人。大切な人。

 私にとって、かけがえのない人。

 

 彼への想いが伝わるように、わたしは、まっすぐ彼を見つめて云いました。



「──あなたが手を引いてくれたあの日、私はとても嬉しかったの。鍾乳石という、暗き場所を好む私の宿り石にも使命やくわりがあると教えてくれた。あなたと出会えたから、私の世界は光り輝いたのです」

「…………ステラ?」


「あなたは私に教えてくださいました。この世界が色づき、素晴らしいこと。世界はまだ見ぬ可能性を秘めていること。そして、大切に想える人がいること。

 これほど素敵なことはないでしょう。私はこの世界が、もっと好きになりました。だから」

「…………だから貴方が犠牲になっていうんですか!? バカなんですか!」



 私の言葉を遮って、彼の怒号が響きます。これほど感情を出す彼に新鮮を覚える私の前で、彼は叫ぶのです。



「……命を投げればいいってものじゃないんです! 御影の力をもって初めて、肉体のまま怨嗟の渦を超えられるんだ! たとえ貴女が身を投げても核までたどり着けない! 無駄死にするだけだ!」



 ────ええ。わかってる。

 だから、私が力になるの。


 心を正して落ち着いて、私はそっと、護り刀を差し出しました。

 闇の中でもしっかりとした艶めきを放つ──《御影石の剣》を。



「────これを」

「……これ……は……、貴方に預けた、黒刀まもりがたな……?」


「二本持っていらっしゃったのでしょう? あなたが引き抜いたその剣と、この刀身は同じ石ですよね? 見間違うはずないの。私は毎日この黒い刀身に見惚れていたのですから」



 言いながら私は、そっと刀身を撫でました。途端に艶を増す《御影の剣》に心がほころびます。

 だって、ずっと育ててきたのですもの。



「《鏡のように艶めく黒き刀身は、封印のくさび》。『この楔を扉に刺すとともに、命をも捧げ糧となることで、スタイン家の人柱は役目を果たす』…………ですが、御影石の力を引き出したらどうでしょう?」



 私は気が付いたのです。

 私には、触れた石の力を引き出す能力があること。

 


「──『石』というものは、そのものに大いなる力を秘めています。人々は強く意識しておりませんが、それを多く利用し、国の安寧に役立てていたのがセント・ジュエルでした。御影石にも……その力があるはずです」



 ──波乱の修道院。厳かな大理石は、周囲の心を諫めてくれた。

 胸に下げていた鍾乳石は、いつも私の心を整えてくれた。

 石は、いつも私に応えてくれた。



「……ステラ?」

「私の宿り石は鍾乳石。全ての石を生かす石。

 御影石は封じる石。冥界と現世をわかつ石。

 私の力は、きっと御影の基礎となりましょう」



 だからきっと、御影この石も、私に応えてくれるはず。



「貴方が預けてくださった……この懐刀ふところがたな。この刀身を通じて、私の全てを注ぎます」


「…………それで、貴方はどうなるんです……!?」

「わかりません。朽ち果て砂になるかもしません。砕け、細石さざれになるかもしれません。……けれど、少しでも……あなたとともに生きる未来があるのなら、私はそれに賭けたいの」



 私ははっきりと述べました。見据える世界の中で、彼の瞳はいまだ、動揺に揺らめいていました。



 ──死を選ぶのは恐ろしいです。けれど、貴方のいない世界を選ぶのは、死を選ぶよりも恐ろしい。世界の礎になるとして、それでもいいではありませんか。


 だって、貴方と一緒になれるから。

 


「──お願い、わたしの手をとって? 『私が、あなたの力になろう』」

「────……」



 震えぬように力を込めて差し出した手に、ゆっくりと応えてくれたあなたの手。

 ほほ笑み立ち上がる彼の瞳はすがすがしく、そして──強い光を湛えていました。



「……強くなったものですね」

「──ええ、貴方のおかげで」

「────ステラ、聞いてください」



 互いに手を取り合い、二人、握る護り刀に決意おもいを込めて。

 闇を前にする私に、彼が囁く。



「────たとえ君が砕けても、僕は君しか愛さない」



 怨嗟渦巻く扉の前。

 あなたがくれた優しいキスは、今までの全てを輝かせてくれました。






 ──後悔なんて何もない。貴方とならば、怖くない。








 ☆



 とくん、とくんと、鼓動の音。

 頬で感じる暖かさ。

 鼻をくすぐる青臭さに目を開ければ、咲き誇る花々。


 忘れない。

 驚いたあなたの顔も、抱きしめてくれた腕の強さも。

 

 生きて居られる喜びも。


 生きている。生きていく。 

 ──────あなたの隣で。






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『礎の絆』────追放された宝石王女は、奈落の淵で愛を見る 保志見祐花 @hoshiyuka

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