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三十八
幽暗朔月の頭領・淵衰は、隠し刀を持っている。ただし、特別な武器や、特別な薬ではない。――「千里眼」を持つ少女である。
名前は
「無礼者が。ボクはお兄様の
組織の長を義兄と気安く慕えるのは、龍眼ただ一人だった。
そして龍眼は今、淵衰と共に立っていた。〝死神〟に荒らされた幽暗朔月の塔の中、血で汚れに汚れた廊下にて。
「おい、なんだお前たち、この有様は」
威圧的な龍眼の声。治療を施す者、その治療を受けている者、処置は終わったが動けないでいる者、様々だが誰一人として答えない。
「療養部屋に向かってくる敵が見えたから、お兄様を隠し部屋にお連れして、難を逃れたが……ボクの千里眼がなかったら、幽暗朔月は今頃崩れ去っていたぞ。…………おい。なんとか言ったらどうなんだ」
「申し訳、ございません」
比較的軽傷の、まだ床にひざまずいて敬意を表せる構成員が応じた。がたがたと全身が震えている。
「た、ただ、龍眼様、侵入をわかっておられたのなら」
「ボクが伝えろと? お兄様よりもお前を優先して?」
「ご、誤解でございます! 淵衰様をご案内したのちに、我々にと!」
「じゃ、ボクが言わなかったのが悪いって言うんだな」
「ですから、違」
「言い訳無用」
構成員の体が吹き飛んだ。龍眼の蹴りが、完璧に、
「ふん、弱いのが悪いんだ」
と、隣で咳が出た。淵衰である。数歩前に出て、皆を見回して告げる。
「まずは治療班、ご苦労。死者が出ていないことに感謝する。それから他の者。意識があればよく聞け。……お前たちの愚鈍さには呆れたが、過ぎたことだ。早く怪我を治して、仕事と稽古に励め」
御意、と言う声がぱらぱらと上がった。どれも小さくて、とても弱々しかった。
「もういい。龍眼、行くぞ」
「はい」
踵を返す淵衰。龍眼も続く。
「今日と同じ奴らは、また来るのでしょうか」
「ああ、近いうちに相
「……お兄様。倒されたり、しませんよね」
不安にかられた龍眼が淵衰の袖を引く。淵衰は立ち止まり、咳をしてからにこりと笑った。
「心配するでない、死になどするものか。お前が守ってくれるのだろう?」
「はい。この龍眼、命の続く限り、お兄様のお側にいます」
龍眼の頭に大きな手が乗って、短い髪をかき撫でた。
「頼むぞ」
「はい」
はにかみがちに、されど誇らしそうに、龍眼は返事をした。
「そういえば、書簡長の砂京から差し入れの菓子が届いているらしいぞ」
「一緒に食べましょう、お兄様!」
「名案だな。早く行こうか」
怪し死神、夜陰に雨 一嘘書店 @1_lie_sen
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