三十七 新しい夜
この頃は雨が多い。そういう季節だ。
雨粒が歌い、赤黒い液体が宙に踊る。合いの手を入れるのは、苦悶の叫びと、水溜りに着地する靴音。
「朱莉がくれた石ってさ」
「うん」
〝死神〟は暗殺の依頼をこなしている最中である。今日の標的は大して強くもなく、余裕があった二人は平然と会話していた。
「妖力が足りなくなるとか、ないのかな」
「ああ、確かに、減りそうだな。少なくなったら兆候が出たりするのかも」
「次に朱莉に会ったら聞いてみよう」
「そうだな」
雑談の隙間を縫って断末魔が響く。そして残るのは、雨音。
「よし、終わったかな」
捧はしゃがみこんで、刃についた血糊を標的の服で拭った。傍らで由羅が傘を二本差す。
〝死神〟は最近、暗殺屋を始めた。正確には、殺しは手間なので請け負っていないが、些末な問題だ。街での需要は高い職業である。その名が順調に街の中へ広まりつつあることは、最近の依頼の増え方からも明らかだった。
「捧」
「ん?」
「一人、あそこにいる。たぶん依頼だ。――ほら、出てこい」
由羅が目を向ける先、建物の隙間で、影が動いた。
物陰に潜み、〝死神〟の仕事を見つめていた、一人の女があった。
二つの人影が地面や空中を動き回り、時折ぱっと辺りが明るくなって、建物が金色に浮かび上がり、そして血が舞う。一方的かつ無駄のない、鮮やかな手口に目を奪われていた。
あっという間に剣戟の音が止む。妖術の光も消え、薄暗い路地に戻った。
彼らだと確信した。無意識に握り込んだ手のひらに、爪が食い込む。雨の日、街の西。たったそれだけの、条件と呼ぶには漠然としすぎている条件が揃うと、運次第で〝死神〟に会えるのだそうだ。見つかるとまずいと思って傘を差しておらず、女はずぶ濡れになっていたが、寒さを感じないくらい、興奮で全身が熱かった。
凄腕の暗殺屋と聞く。金さえ積めば命を奪うところまでやってくれるとも言われている。名は体を表すとはこのこと、神の名を負うのも頷ける腕だ。戦いに詳しくない身でも直感していた。
いつ声をかけるかと様子をうかがっていたら、向こうから話しかけられたのだ。口から心臓が飛び出すかというほど驚いてから、意を決して、女は一歩を踏み出した。〝死神〟も女に応じて歩み寄ってくる。
「ああ、依頼か。わかりやすくて結構」
対峙した女が何も言わないうちから、片方はまるで、思考を読むような言葉を口にした。そう、女は〝死神〟に暗殺を頼むために出向いてきたのだ。
剣客が太刀を鞘に収めて聞いた。
「さて、注文の内容は?」
ここは眠らぬ闇の街。
〝死神〟の噂話が増えるのは、そう遠くない未来のことだ。
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