第8話 花も良いけど団子も良いもの
小さくまとまったお菓子屋さん、の二階。
店長夫婦であり、幼なじみの夏花ちゃんと太郎ちゃん家のリビングでいっしょにテーブルを囲んで座る。
「はい、説明」
ことんと私の前に湯気の立つマグカップを置いた夏花は、短く促して椅子に座った。
「ええと、こちら天狗のシャクマ。龍を探してこっちに来たらしいの。顔は怖いけど良い天狗だから。さっきも私が桜の栄養にされちゃうところだったのを助けてくれたし」
手のひらで示したのは、私の隣に座ったシャクマ。
どことなく居心地悪そうに椅子におさまるからの前には、私と色違いのマグカップが置かれてる。
「……情報が多い。そんでもってあんたはなんで、自分の危機をそんな軽く話すの!」
頭を抱えた夏花の後ろにやってきたのは、太郎。フルネームは山田太郎。覚えやすさナンバーワンだと、本人も気に入っているそう。
おだやかな笑顔を絶やさない彼は、シャクマの前にミルクの入ったちいさなカップとお砂糖壺を置いて夏花のとなりに腰掛けた。
私と夏花、シャクマと太郎が向かい合う形。
「まあまあ、無事なようで良かった」
太郎が私に微笑みながら言えば、夏花も複雑そうな顔をしながら「まあね」と同意する。
「天狗の方には感謝しなきゃね。だけど、そのためにうちに連れてきたわけじゃないんでしょ?」
「そうそう。えっとね、店長。明日お休みして良いですか?」
夏花もうながしてくれたことだし、さっそく本題。と思ったんだけど。
「待て待て待て、脈絡が無さすぎる。詳細に語れとは言わんが、せめて理由を添えろ」
カップの中のコーヒーを覗き込んでいたシャクマが私の前に手を伸ばしてさえぎった。
びっくりする私の正面では、夏花が大きく頷き同意する。
「天狗さんの言うとおり。ミヅキ、あんたは説明がゼロなのよ。どうして休みたいの。体調が悪いわけじゃないのよね?」
眉を寄せてにらむようにしてるけど、夏花は私を心配してくれてる。
だから説明が必要だっていうなら、そうしたいんだけど。
「えっと、龍が関係していてね?」
「それはさかのぼりすぎだ」
話しはじめれば、すかさずシャクマの待ったがかかる。
きっとこうなると思ってたから、シンプルに結論だけを伝えたのに。
「あー、天狗さんも龍がらみって言ってたわね。その龍ってあれ? あんたが子どものころにおばあちゃんの家で見たっていう」
「ああ、僕も聞いたことあるなあ。緑のきれいな玉
を見た、ってやつだ」
「そうそう、それそれ〜」
さかのぼり過ぎ、ってシャクマは言うけれど夏花と太郎はすぐ勘づいてくれた。幼なじみってこういうとき、ありがたいもの。
「あんた……龍と会ったことそこいらじゅうで言って歩いているのか」
「そんなわけないでしょ、言っても大丈夫な相手にしか話してません。夏花ちゃんと太郎ちゃんでしょ。あとはお母さんとおばあちゃん家のそばに住んでるおじさまくらいよ」
幼いころにおばあちゃんにも話したけれど、そのおばあちゃんも今は亡くなってずいぶん経つからノーカウントでいいでしょう。
「それで、お休みが必要な理由って何ですか。天狗さん」
「あれ? 太郎ちゃん、どうしてシャクマに聞くの?」
「ああ。対面時にミヅキが名乗ったために、俺と縁ができてしまってな」
「おやおや? シャクマも、どうして普通に太郎ちゃんに答えてるの?」
当事者、私。
なのに話しをはずませてるのは天狗のシャクマと幼なじみの太郎。
なんでかな?
首をかしげる私に夏花がカップを傾け、肩をすくめる。
「私たちの時間は有限なの。ほら、人には役割分担ってものがあるでしょ? ミヅキは今、出来立ての試作品を試食する役ね」
くるりと後ろを向いて何かを手にした夏花が差し出したのは、ちいさなお盆。
その上に乗っている透明な器のなかで、試作品がふるりと震える。
「わあっ、きれ〜!」
思わず声をあげてしまったのは、それがあんまりきれいだったから。
器の底には淡いグリーン。そのうえに置かれたやさしい白色のうえには、淡いピンクがグラデーションを作るように重ねられている。
「春の景色だ〜」
そう、器のなかに閉じ込められていたのは、まさに春の景色。
萌え出たばかりのやわらかな草の絨毯に、色づき始めた桜の花がよく似合う。てっぺんに散らされているのは削ったピンクチョコレートかな? ちらほらと舞う花びらのようで、とってもすてき。
「そう。あんたが案出しで和菓子っぽいものばっかり挙げるから、いっそ和菓子風に季節を表現してみたのよ」
にひ、と笑った夏花に促されて、添えられたスプーンを手にとる。
「いただきます」
遠慮なくスプーンを差し込んで、一番上から下の層までひと息にすくいあげた。だって、こういうお菓子って味のバランスも考えて作ってあるはずだから、思い切っていかなくちゃ。
スプーンのうえ、切り取られた春の景色がふるりと震える。こぼしてしまわないように、急いでぱくり。
「んんん……!」
おいしさを叫びたいのに、おいしさを逃がしてしまいそうで口が開けられない。
だけどこの感動をどうにか伝えようと、夏花に必死で目で語る。
「はいはい。すごいでしょ? 緑がほんのりミント風味のクラッシュゼリー。白いところはやわらかく泡立てた甘めの生クリームで、桃色の層はいちごの味そのものが楽しめるババロア。色が違うのはそれぞれいちごの量を変えてるからね。アクセントのいちごチョコの香りがあるから、ミントに負けないでしょ」
うんうんうん、そのとおり! と頷けば、夏花は続ける。
「難点は、一体感を出すためにぜんぶの層を最大限やわらかくしたから作り置きができないし、お持ち帰りもできないってこと」
むぎゅ、としかめられた顔はすぐにいつもの勝ち気な笑顔になった。
「でもまあ、あんたの幸せそうな顔が見られて満足したわ。これはいつか飲食スペース作れるようになったときのためにとっておいて、別の新作考える」
うんうんうん。頷いて、さっきよりもいっそう味わおうと心に決めた。
だってお店に並ばないなら、次に食べられるのがいつになるかわからない。
そうして私がスイーツに夢中になっている間に、シャクマと太郎のお話がひと段落したみたい。
「つまり、今のままだとミヅキちゃんが色んな妖に狙われてしまうから、ミヅキちゃんが龍を見た場所に行かなきゃいけない、と」
「ああ。そこに龍の香りを誤魔化したやつがいるはずだ。でなけりゃ満たす力を持ち龍の匂いをさせたミヅキが今日まで無事でいられるわけがない」
「そうだね……」
難しい顔をしていた太郎は私と夏花の視線に気づいたみたい。にこり、いつものようにやさしく微笑んで頷いた。
「うん。それじゃあミヅキちゃんを頼みます。明日は僕らでお店をまわすから、ミヅキちゃんはきちんと天狗さんの言うことを聞いてがんばって」
「はあい」
「平日だし、格別なにかの記念日でもなくて助かったわ。ところでミヅキ、今夜はどこで過ごすの?」
「うん?」
快くお休みをくれる店長たちに感謝していると、夏花が首をかしげる。
思わぬ質問に私も首をこてり。
「だって、妖に狙われて危ないんでしょう? だったら明日と言わず今からでも行くべきじゃ……」
「いや、それはできん」
夏花の言葉をさえぎってシャクマが言う。
「相手はおそらく妖だろうが、何者かも目的もわからん以上、表立って正面からたずねるべきだ」
「ふうん、妖にも色々ルールがあるのね」
「それじゃあ、今夜はどうやって乗り切るの?」
太郎の問いは当然。答えを聞くためにシャクマを見る。
「俺が不寝番をする」
「ふしんばん?」
聞き慣れない単語。
と思ったら、太郎が教えてくれた。
「寝ないでそばにいて、ミヅキちゃんを守るってこと」
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