第10話 あなたといっしょにどこまでも

 混乱する私の意識を引き戻したのは、シャクマだった。

 意識だけじゃない。体ごと抱きしめて彼の胸に引き寄せられる。


「野暮はやめてらもらおうか。名を交わしてもいないくせに俺とミヅキの間に割り込もうなどと、図々しい」


 抱き込まれた胸のなか、どくどくと聞こえる鼓動の音は私のもの? それともシャクマの?


「龍の残り香をごまかす術をかけたあんたは、わかってたんだろう。妖を満たす満月の気を持つミヅキが、育てば龍に食われることが」

「えっ、食べられる?」

「ははは。そのような話しをしてはミヅキさんに怖がられますよ」

「え! 冗談ではなく!?」


 急に知らされた命の危機に、私の情緒が忙しい。

 誰か詳細を! と視線で訴えたのにシャクマが気づいてくれた。

 彼は腕のなかの私を見下ろす。


「龍は卵で発生する。あんたが会ったのはその状態だな。そして、何かしらの要素で満たされたとき生まれ出でるのだ」

「ミヅキさんに残り香をつけていったのは、時が来たら君を食らうつもりだったのでしょう。けれど妖を満たす君の気をみすみす幼龍に渡すのはもったいないですからね。香りをごまかす術をかけていたのですが」


 シャクマの言葉を引き取って田貫のおじさま、ううん。今はお兄さまが言う。ぱちんとウインク付きの笑顔が、とっても様になる。うん、お兄さんじゃなくてお兄さまだ。

 が、シャクマの大きな手のひらが私の目元を覆って隠してしまう。

 

「そうして、時が来たらおのれで食らう気だったのだろう。ミヅキ、このタヌキに近寄るな。食われるぞ」

「おやおや。ご自身はミヅキさんに彼氏などと呼ばせていることを棚にあげておられる。互いの匂いが付いているとはいえ、お付き合いをはじめてまだまだ浅いのでしょう? 僕の鼻は誤魔化せませんよ」


 ふたりの応酬に私はひとり、目を白黒させるばかり。

 でも、黙ってはいられない。


「田貫のおじさま! 私ね、シャクマといっしょに龍を探しに行きたいの」

「ミヅキさん」

「龍はもうすぐ孵化する。近づけば食われるんだぞ、あんたは!」


 見目は若々しいけど、やっぱりおじさまのほうがしっくりくる。

 身を乗り出した私におじさまが心配そうに眉をさげ、シャクマが危ないのだと怒ってみせる。

 でも、でもね。

 これは決まってる。もう決めたもの。

 

 反対されたらたまらない、と私はシャクマを見上げた。


「シャクマは龍を探すために私に会いに来たんでしょう? どうして龍を探してるのか知らないけど、私だって龍を探したい。もう一度あの光を見たい。私たち、いっしょに龍を探すために名前を教え合ったんでしょう?」

「それは、そうだが……しかしテラと共に待っているほうがあんたにとっては安全で」

「そわそわしながら待ってるのは性に合わないの。危険だって言うなら有名なお寺でお札をもらってくる。身を守るご真言だって覚える。他にもあるなら聞くから。龍をひと目見られたらちゃんとあなたの言う通りに隠れているから。お願い」

 

 どうしてこんなにも龍を見たくてたまらないのか、自分でもわからない。

 ただずっと昔から、あの幼い日に見た光が頭を離れない。

 一度でいい。もう一度で良いから見たいという思いはずっと私のなかでくすぶり続けてきた。


 その火は、私自身の命の危険があると言われても消えはしなくて。

 

「龍に魅入られてしまったのでしょうね。卵とはいえあれは強大な力を持つ生命ですから」


 ぽふん、とロマンスグレー姿に戻ったおじさまのつぶやきに、シャクマが歯ぎしりをする。


「……あんた、俺の言うことを聞くと言ったな」

「ええ」

「なら、俺の伴侶になれ」

「え?」


 鍛錬でも何でもやってみせる、と意気込んでいたところへ思わぬ言葉。

 

「はんりょ?」

「わからないか、嫁だ。生涯をともにする連れ合い」

「嫁」


 伴侶、嫁、生涯をともに……。

 あっけなく停止した私を置いて、おじさまが「ああ」と納得顔。


「天狗の青年はどこぞの主になるべく、龍を探していたわけですね。龍の孵化に伴う人界における災害を未然に防ぎ、神から格をあげてもらおうと。であれば、ミヅキさんを妖界に連れて行き、あなたのお好きな場所で龍が食いに来るのを待てば済む話では?」

「え」


 にっこり笑顔のおじさまの口から、怖い提案が出てきた気がするのは私の気のせい、じゃないよね。

 いやいやきっと聞き間違い、とシャクマの反応を恐る恐るうかがえば。


「個の意思を無視したやりようは好まん。それに、俺はミヅキの思い切りの良さを好ましく思っている」


 きっぱり言い切って、シャクマが私に向き直る。

 抱き込んでいた体をすこし離して、お互いの視線がまっすぐぶつかる。


「龍によって功を得て格をあげるつもりでいたが、やめた。ミヅキ、俺の伴侶になってくれ。あんたの気で俺を満たして格をあげさせてくれ。俺はあんたが龍に食われないよう、守ってみせるから」

「……わかった。シャクマ、あなたといっしょに生きる。私、あなたの伴侶になる」

 

 場の空気に流されたといえば、そうなのかもしれない。

 だけど、今までの短い付き合いのなかで私はシャクマになら流されても良いと思えたから。


「誓うわ。いつだってどこだってあなたとともにあること」


 教会でもない、神社仏閣でもない道端だけれど、不思議と神聖な気持ちになるのはなぜかしら。


「俺も誓おう。天狗としての誇りをかけてあんたと生涯をともにする」


 答えるシャクマがきらめいて見える。

 それは別に、目の錯覚でも気分の問題でもなかったみたい。


 シャクマが言い終えたとき、私とシャクマをきらきらとした光が包む。

 ぐわり、胸のうちにふくれた熱。それがシャクマへと繋がる縁だと、今の私にはわかる。

 同時に気づいた若竹のようなさわやかな香りが、シャクマ自身の持つ魂からただよっているのだと気がついた。


私自身もシャクマと同じ、若竹の瑞々しい香りをまとったのだと感じる。

 でもそれだけじゃない、かすかに香る白檀のような清涼な匂いがある。これが龍の残り香なのだと、今ならわかる。


 私、妖の伴侶になったんだ。シャクマの伴侶に。


 ぱちりぱちりぱちり。

 おっとりした拍手を響かせたのは田貫のおじさま。


「やあやあ、僕を証人に伴侶の誓いを立てるとは、やってくれるじゃないか」


 シャクマには皮肉を言って、おじさまは私に向けてにこりと笑う。


「ミヅキさん、あなたのことはこれでも気に入っているんだよ。かわいいあなたが望んだことだもの、このあたり一帯の主としてふたりの門出を祝福しましょう」

「おじさま……」


 私がありがとう、と言うより早く。


「妖と伴侶になったのだから、あなたの人生も人のそれから外れて長い付き合いになることでしょうしねえ」

「へ」


 初耳なんですけど。


「なんだ、知らなかったと言いたげな顔だな。だが知ったところで思い止まったか?」

「むう……そのとおりね」


 シャクマが私のことをわかってるのが、単純だと言われてるようでなんとなく引っかかるけど。


「あるジ〜! ぬシ〜! おふたりの縁が交わりましたこと、お祝いもうしあげまスー!」


 ぼふん、宙に飛び出てきたテラが私とシャクマに飛びついてくるのがかわいかったから、まあいいや。

 私とシャクマの間でにこにこしてるテラごと、シャクマの腰に飛びついた。


「ありがと、テラちゃんとシャクマと三人家族ね。今日からよろしく!」

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龍、香る exa(疋田あたる) @exa34507319

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