第7話 新たな門出ってやつかしら

「木精が栄養不足で人を引き込むな」


 不機嫌そうに言うシャクマに、姫がころころと笑う。


「だって欲しいものがわからなかったんですもの。知らない香りをまとったあなたを取り込めば、満たされると思ったのだもの」

「ひえ!」


 くすり、妖艶に細められた瞳につかまって思わず悲鳴が出る。

 そんな私を隠すように、シャクマの腕が私の視界を遮った。


「俺が先に見つけた人間だ」


 低い声がすぐそばで響き、頭をぎゅっと抱き込まれたら怯えていた心が思わずドキリ。


「あ、これはあれね。私のために争わないでって言う場面!」

 

 少女漫画で見かけるシーン。ひとりの女の子を巡って諍いが起きるやつ。

 当事者になりたいって思ったことはなかったけど、まさか私が取合いされる側にまわるなんて。


「うーん、あんがい悪くないかも」

「あんたなあ……」


 呆れたようなシャクマの声と同時に、彼の腕がゆるんだ。拍子抜けしたんだと思う。ピリピリしていた空気が一気に無くなった。


 首にからむシャクマの腕からよいしょと抜け出して、改めて姫とひとつ目に向き合う。


「きれいね、お姫さま」

「うれしいわ」

「ひとつ目さんも、良かったね」

「ああ」

 

 寄り添うように立つふたりの姿、ほんとにお似合い。まるで結婚式みたいなんて、こっそり思う。


「なんだかんだ丸く収まってよかったねえ」

「そうか……?」


 大きく伸びをした私の後ろで、シャクマは首をかしげてる。

 その時、姫が風にそよぐようにふわっと舞い、私の目の前に降り立った。重さを感じさせない動きに驚きまたたいたいるうちに、姫のきれいな顔がぐんぐん近づいてきて。


 ちゅ。


 私の額で鳴ったリップ音。

 だったらこの柔らかく触れてるものは、もしかして、姫の桜色したくちびるなの?

 どういうこと?


「ふふふふ」

 

 混乱する私を見て姫が笑う。


「おい」


 不機嫌な声をあげたシャクマがずいと私と姫の間に割り込んだ。

 だけどそのときにはもう、姫はふわりとひとつ目の横。


「いつでも遊びに来てちょうだい」


 姫の言葉とともに、ざあっと風が吹いて桜の花びらがいっせいに降る。

 数えきれない花の雨が姫とひとつ目の姿をみるみる覆い、花びらとともに宙を泳ぐ桜をまとった人魚たち。


 強さを増して吹き荒れる花の嵐にまかれて、私はうっかりよろけてしまう。


「きゃあ!」

「つかまってろ」


 幻想にさらわれないよう、シャクマの胸にしがみついて目を閉じる。

 花びらがたてるしゃらしゃらという軽やかな音がだんだんと遠ざかり、やがて消えたころ。


 おそるおそる目を開けると、そこはビルの裏手のひっそりとした暗がり。


「消えちゃった……」

「帳を下ろしただけだ。あんたが行きたいと思えば、道が開くだろうよ」


 苦々しげに言ったシャクマが不意に私の前髪をかきあげる。


「まったく。余計な匂いつけられて」


 ごし、と太い親指でこすられたとき。


「わあん、ぬシ! やっと出てきター!」


 ぽふん、と音を立てて姿を見せたのはちいさな羽根を生やしたちびっ子、テラ。

 私を見て目を輝かせたテラが私とシャクマの間に飛び込んできたから、まあるい頭をよしよしなでる。


「ごめんね、びっくりしたね」

「うー、うー! 肝を冷やしましタ! やつがレ、お助けに向かおうにもはじかれて入れませんシ」

「年季がちがう。お前の手に負える相手では無かっただけだ」

「うー! あるジぃ……」


 そっけないながらもフォローするようなシャクマの発言に、テラは感激したみたいに目をうるうる。

 

「とはいえ、今回は運良く難を逃れただけに過ぎん。厄介な妖に目をつけられる前にどうにかせねば」

「ええ? ふたりだけの箱庭にこもってる妖なんて、そうそう居ないでしょう」


 あのふたりの関係、ダイジェストで見ただけだけど共依存ってやつだと思う。

 姫はひとつ目の血を吸って妖になったことで彼を自身の領域に縛りつけているようだし、ひとつ目は人だったころのことを覚えてるのかどうかわからないけど姫の領域から出るつもりが無さそうだし。


 ふたりだけで収束した世界じゃ足りなかったものも、今回、外の世界と触れ合ったことで満ち足りただろうし。成長っていろんな栄養が必要だもの。 


 あとはお互いがいれば、需要と供給がぴったりあって、めでたしめでたし。いまごろは、これまでお話できなかったぶんを取り戻してるかな。


 並んで立つふたりの姿を思い出してほっこりしていると、シャクマが腕を組んで難しい顔。


「木精はおとなしい部類の妖だ。あれに執着されるのだから、このままでは早晩あんたは妖に食われるだろう」

「えっ。それは嫌だなあ。テラちゃんじゃ何とかできないの?」

「それがシ、木精の領域ににはじかれる程度のものですかラ……名をいただいたのに不甲斐なク……」

 

 テラがしょぼんと肩を落とすものだから「まだ小さいんだもの、仕方ないよ」と慰めていると。


「明日、夜が明け次第あんたが龍と遭遇した場所へ行く」


 シャクマがきっぱり。

 行こう、でも、行きたい、でもなく、行く。

 決定事項なんだ。でもたぶん、それって私のためなんだよね。


「うん、わかった。だったら、今すぐ行かなきゃいけないとこがあるの」


 ※※※


 夜道を歩く。となりにシャクマを連れて。


 シャクマは私以外の一般人には見えない状態になってるらしく、ふつうの顔して私の横を歩いてる。テラは「あるジがおいでならそれがシは寝まスー」とどこかに引っ込んだ。


 でもさ、一般人に見えないってどういう状態? この場合の一般じゃない人っていうのは、たぶん霊能者とか陰陽系とか神仏関係者ってことなんだろうけど。


「隔てる帳の違いだ」

「あ、説明になってないんですけど? その帳がそもそもわかってないんだから。カーテン? みたいな薄い膜だとして、それってシャクマが好きに開けたり閉めたりできるのね」


 ふたつの界の間には神さまがいると思ってたけど、なんだかそうでもないみたい。


「好き勝手してるわけではないんだが。これでも許可を得て行動しているわけで、そのために自由にならん部分もあってだな」


 シャクマはぶつぶつ言ってるけど、うまく説明できないみたい。

 そんな話をしながら歩いていると、シャクマのことを見咎められることもなく目的地についた。そんなに大きくない町だからね。

 

「さて。では、行きましょうか」


 見上げたのは、ブラインドの降りたお菓子屋さん。

 つまり、私の仕事場だ。

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