〈エッセイ〉ピアノとオルガンは現実でも協演できる?

『空飛ぶたまごと異世界ピアノオルガン♬アンサンブル』(略して『空たま』)は、タイトル通り、ピアノとオルガン(パイプオルガン)の二楽器によるアンサンブルをメインとした作品である。

 作中ではそれぞれが存在するのは違う世界だが、数々の問題をクリアし、世界線を越えて一つの大曲を奏でることができた。

 結論から言えば、このアンサンブルは現実世界(私達の世界)でも、もちろん実現は可能。ただし、前例はかなり少ないと思われる。




【何故、ピアノとオルガンなのか?】


 音楽小説の長編を書こうと決めた時、ピアノをメインにすることはすんなりと決まった。

 ピアノは演奏できるジャンルが幅広く、メインでも伴奏でも使い勝手が良い。また、前作『あなたの「音」、回収します』で登場した、尖った天才少年・音葉おとはがピアニストとして成長した姿を書いてみたかった。


 が、ピアノだけをメインにするつもりはなかった。ピアニスト、あるいはピアニストを目指す者が登場する作品は数えきれないほどある。私は「どこかで見たような作品」「私じゃなくても考えそうな作品」を生み出すつもりは全くない。


 前作で、「自分で一度も聴いたことがない楽器編成」の曲を何曲も出していたので、「想像による編成」を書くことに抵抗はなかった。

 ピアノと何を組み合わせるか。弦楽器。管楽器。どれも普通。専用の曲まである。

 そして思いついたのが、昔から強い憧れを抱いていた楽器の王様――パイプオルガンだった。


 この時点で、「ピアノとオルガンのアンサンブル」の実例があるのかどうかは知らなかった。

 実例を探しながら、ピアノとオルガン、それぞれについての勉強が始まった。


 ピアノや指揮者がメインのフィクションは数多い。小説を読むには時間が足りないので、漫画を片っ端から読む。映画も見る。音楽目当てなので、いつもやってる「倍速視聴」はできない。参考にするというより、ネタ被りしないために、少しでも多くの作品に触れ続ける。


 オルガンは昔から憧れていた楽器でCDも何枚か持っていたが、歴史も構造も現代の演奏事情も、ほとんど何も知らなかった。専門書を何冊か見つけたので、図書館に通いながら読む。

 オルガンのフィクションはほとんどない。わずかながら検索でヒットした作品に目を通す。自分とはネタ被りしなさそうだと確認。


 ピアノとオルガンのアンサンブル実例はほとんど見つからない状態だった。動画でもCDでも。探し方が悪いのかもしれないが。


「ピアノ+オルガン+他楽器」の実例なら知っている。

 クラシックの、頻繁ひんぱんに演奏される超人気曲の一つに、サン=サーンス作曲の『交響曲第3番「オルガン付き」』という曲がある。この曲は、メインはあくまでもオーケストラだが、オルガンもピアノも登場する。両方が登場する曲の実例としては最もポピュラーかもしれない。


 自分が出かけたコンサートでも、たまたまピアノとオルガンが同ステージに登場したことが数回あった。他にも多くの楽器があったので、求めている音のサンプルに近いわけではないが、サン=サーンスの『オルガン付き』以外にも同ステージに上がる機会があるということだけはわかった。


 そうしている間に、カクヨムコン開始当日、そして連載の開始日を迎えた。まだピアノとオルガンだけのサンプルは見つかっていない。つまり、メイン曲の音質も定まらないまま、連載を見切り発車してしまった。


 連載にオルガンが登場するのは第二楽章から。第一楽章でピアノについて書きながら、オルガンのコンサートへ出かけ、CDを何枚も何十枚も聴きまくる。実例が見つからないなら、とにかくそれぞれの楽器を勉強して、後は想像で協演させるしかない。連載しながらの勉強はかなりのハードスケジュールだった。


 そんな中、ア◯ゾンでやっと見つけた「実例」のCDが、半月以上経ってようやく届いた。

 ブラームスのピアノ協奏曲、1番と2番。二人ではなく四人での演奏だが、ピアノとオルガンだけの編成であることに間違いはない。注文から半月以上も待たされたのは、海外からの取り寄せだったからだ。国内にこういうCDはないらしい。


 早速聴きたいところだが、この頃は音楽を聴ける時間が片道7分のマイカー通勤中くらいしか取れず、カーオーディオは急激に増えすぎたクラシックCD(が入ったUSB)の中から1枚を探し出すにはあまりに不便だった。探してるうちに、そうだあれも聴かなきゃ、これも聴かなきゃと他のCDに目移りしてしまう。いつまで経ってもブラームスに辿たどり着けない。


 連載は早くも第四楽章、メイン曲本番の時期に差しかかっていた。私はすぐに見つからないブラームスCDを探すよりも、シューマンの原曲CDを穴が開くほど勉強することを優先した。ちなみに、自ら進んで集めた資料を整理できない現象を「レヴィン症候群」という。(嘘です)


 結局、「ピアノオルガン・アンサンブルの実例」が手元にあるにも関わらず、一度も聴かないままシューマンの本番回を執筆してしまった。曲の勉強はしっかりやったので、忘れないうちに一刻も早く書いてしまいたかったのだ。


 ブラームスの「実例CD」を聴けたのは、本番回を投稿した後だった。


 衝撃だった。恐らく、理音りねが初めてオルガンを聴いた時と同等か、それ以上の。

 自分で想像し執筆までしておきながら、ピアノとオルガンのアンサンブルがここまで素晴らしいとは思わなかった。想像を遥かに越えていた。

 オルガンは、人間のステージで奏されるピアノ協奏曲を、天上の音楽に変えてしまった。ここまで偉大だとは思わなかった。泣いた。


 公開済みの本番回に、聴いて感じたことを加筆しようと思ったが、ほんの数行加筆しただけにとどめた。言いたいことは、想像の時点でほとんど書いてしまっていた。


 ただ執筆時と違い、今の私は「ピアノオルガン・アンサンブル」がどれほど素晴らしい音楽であるかを知っている。心から、自信を持って皆様にお薦めできる。


 その後、海外の動画でやっと少しだけピアノとオルガンのアンサンブル動画を見つけることができた。どれも文句なしに素晴らしい音楽だ。

 でも、数はあまりにも少ない。


 世界には、もっともっと「ピアノオルガン・アンサンブル」が増えてもいいはずだ。




【何故、シューマンなのか?】


『空たま』のメイン曲は、シューマンのピアノ協奏曲だ。

 ピアノ協奏曲にしたのは、先に話題にした「実例CD」、ブラームスのピアノ協奏曲のピアノ&オルガン編曲版の存在を知ったからだった。ピアノ協奏曲なら、ピアノ譜はそのままで、オーケストラをオルガンに編曲すれば違和感なく協演できる。


 では、どの作曲家の、どのピアノ協奏曲にすべきか。


 残念ながら、基本は「消去法」だ。世の中にあふれているピアノ・フィクションで、主だったピアノ協奏曲は既にかなり使われている。

 有名作品と被るのは避けたい。かと言って、あまりにマニアックに走るわけにもいかない。


 消去法で考えた末、候補に残ったのはグリーグとシューマンだった。

 1868年に完成した、ノルウェーの作曲家グリーグによるピアノ協奏曲。

 1845年に完成した、ドイツの作曲家シューマンによるピアノ協奏曲。

 両者ともピアノ協奏曲を生涯一曲しか完成させておらず、演奏時間が約30分なのも同じ。この二曲は、よく同じアルバムにカップリングされている。私が昔グリーグ目当てで買ったCDもそうだった。


 迷った末、ドイツが関わる作品であるため、シューマンの方を選んだ。

 グリーグは、第一楽章(phrase6)で音葉に演奏させた。「ピアノ協奏曲」のイメージを早めに提示するのに一役買ってくれたと思う。


 このような選曲経緯なので、本文中では「男性奏者二人の愛にあふれた音楽ものがたり」なんて書いているが、完全に後付けの解釈だ。でも、この二人らしい解釈にまとまったような気がしている。


 ちなみに、シューマン夫妻とブラームスは大の仲良し。

 映画『クララ・シューマン 愛の協奏曲』では、冒頭で夫のピアノ協奏曲を弾いたクララ・シューマンが、ラストではブラームスのピアノ協奏曲を弾く。何だか縁を感じる選曲となった。




【レヴィンたちの世界】


 本文中でチラッとたまに出てくるが、レヴィンたちの世界は冷戦期の東ドイツをモデルにしている。


 東ドイツについては、別作品(スパイアクション)で既にガッツリ書いたことがあるため、今回は改めて勉強をせずに済んだ。

 と言っても、省エネのために国を選んだわけではない。オルガンはヨーロッパ各国に歴史を刻んでいるが、やはりバッハの国にするのが一番しっくり来るような気がしたからだ。


 ちなみにフランスでは、オルガンは革命時に権力の象徴として徹底的に破壊されたため、百年くらいオルガン歴史の空白期間があるという。今では名高い製作所があり、日本のコンサートホールや教会、キリスト教系の学校などもお世話になっている。


 国の事情で音楽活動を制限されたり、奪われたりする音楽家は少なくない。

 自由に音楽を聴いたり奏でたりできるということは、紛れもなく、平和であることの印の一つなのだ。




【お薦めオルガン・コンサート】


 オルガンについて調べ始めてから、様々なコンサートホールや教会のオルガン・コンサートへ足を運ぶようになった。

 オルガンは二つと同じ楽器がない。曲目も、バッハに代表される正統派オルガン曲から有名なクラシックの編曲、現代曲と幅広い。最近は現代オルガン曲も気に入っている。

 個人的なお薦めは、「東京カテドラル聖マリア大聖堂」(東京・文京区)で毎月行われる「オルガンメディテーション」。音の響きも選曲も、格段に良く素晴らしい。

 聖書朗読や神父の話なども含めて約四十分。演奏時間は短いかもしれないが、わざわざ足を運ぶだけの価値がある。自由席で毎回大盛況なので、行く時はお早めに。




【他作品の紹介】


『あなたの「音」、回収します』

https://kakuyomu.jp/works/16817330655422949376


『空たま』の13年前を描いた作品。

 クラシック音楽がメインではあるが、『空たま』以上にジャンルや楽器編成が幅広い。

 まだ12歳の音葉を始め、『空たま』より13年若い音道と里琴、関川が登場する。

 ラストコンサート直前に、7歳の理音りねと9歳の伊弦いづるも少し出てくる。

 この時の主人公・卓渡たくとが、『空たま』にもさりげなくカメオ出演している。(phrase6、グリーグのピアノ協奏曲)

 


 * * *



 いつも心に音楽を♬

 長い物語とエッセイを最後までお読みいただき、ありがとうございました。



 二〇二四年三月 黒須友香

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空飛ぶたまごと異世界ピアノオルガン♬アンサンブル 黒須友香 @kurosutomoka

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