78%の彗星「cube」
ruckynumber
プロローグ
エピローグ 推奨背景色:黒
僕は自分の大切な人を殺した。
罪悪感と後悔の念が重くのしかかる。
最後の最後で、自分の身が可愛くなった。
角ばった左手に刻まれた文字を見た。
【HARD CORE】
燃え盛る町の残骸の中を、かき分けるように進む。
未だ止む気配がない戦火により、額には汗が滲み、朱い明かりで夜空の星の瞬きは皆無だ。
あたりを見回しても、誰もいない。
ただ、アイテムの海が広がっている。
地面のいたるところに自分の体の何倍も大きい半球型の窪みが形成され、僕はその間を縫うように歩く。
人、人に会いたい。誰でもいい。人のぬくもりを感じたい。
敵も味方も関係なく、話がしたい。
少し前のことを思い出す。
「エンドラ、全員で倒したかったなぁ」
僕たちが当初目標にしていたモンスターの討伐は、結局叶わずじまいだった。
まだ実感がない。
僕たちが打ち倒すべき敵は本当にもう全滅したのか。
あの憎き暴君はもうこの世で息をしていないのか。
僕の仲間はもう居ないのか。
戻ったら、仲間が元気に名前を呼んでくれる。
また、あいつと喧嘩ができる。
そう思える。そう信じられる。
僕は燃える街から海に向かって歩き出した。
おもむろにインベントリからエリトラを引っ張り出す。
背中に装着して高いところから滑空すれば、海岸までそう長くはかからない。
しかし、手に取るとその劣化度合いが改めて分かった。
破れがひどく、穴だらけで、半分くらい面積がない。絡まった帯のような状態になっている。
大きくため息をつき、その布切れをインベントリにしまう。
金リンゴをほお張りながら僕は再び歩く。
芳醇な果汁にとろけるような果肉。
初めてこの黄金のリンゴを口にした時、僕たちは
でも、もうろくに味覚すら効かない。
舌が乾ききって、ひび割れそうだ。
それは、疲れなのか。それとも、失った虚しさから来るものなのか。理由は、なんとなく分かっていた。
「本当にこれでよかったのかよ……」
今まであった妙な落ち着きが、徐々に崩れていく。
「敵を倒しても、もうなんも残ってねえじゃねえかぁ…!」
ピラミッドの土台から一つ一つ岩が崩壊していくように。
「僕は何のために今までッ……」
自らに対する憤りが込み上げる。
深淵のような絶望が心を包み、暴力的なまでに強い悲壮感が胸を締め付ける。
「僕は、ロゼッタ、君さえ生きていれば……それで良かったんだ」
崩れ落ちそうな体に鞭を打ち、海岸に歩みを進める。
結局、救ったとしても、何を成し遂げても僕は帰れなかった。
あっちじゃもう、僕は大学に通うはず歳のだった。
徐々に戦火の中心が遠のき、背中に照り映える紅い光が徐々に薄くなり始めたとき、突然、高く良く通る肉声が聞こえた。
「よく頑張ってくれたね」
「ご」
突如届いたその声に僕の体は反射神経を働かせ、弓に矢を
勝手に反応した手元を見る。また一段とディープな感情になった。
戦いを通して成長した肉体は、何かを攻撃することに慣れてしまっていた。もううんざりだった。
「あれ? 聞こえてないかな?」
僕は声に応えて叫んだ。
「良かった! 今行きます!」
かすかな火の焚かれる音以外何もない静寂の中、僕の紙鉄砲のような声が響く。
「おお、そんな大きい声出さなくても聞こえるよ」
その何者かは驚いた様子で、笑いを含んだ口調でそう言った。
「誰だ……」
口では良かったと言いつつ、警戒を強めた。いつでも戦闘ができるように、両手は弓矢で埋まっている。でも何かすがるような思いで前方の何者かに向かって歩く。
どこか聞き覚えあるような声だ。
煙を払い、咳をして、分厚く濁った夜の霧を纏って声の主を見た。
「え、なんで――
その姿で驚愕した。言葉を失うとはこの事だった。
「えーと、残ったのは君だけかな?」
「そっかそっか。すごいじゃん。まあ、じゃあ君だけおまけしといてあげるよ。多分何も憶えてないと思うけどさ」
僕の口から唾液が細く垂れていた。思わずそれをぬぐう。
開いた口がふさがっていないことに気が付かなかった。
「……は、……? なにが?」
僕の言葉をさえぎるように相手は告げる。
「じゃあね。きっとまた会えるよ」
その言葉の刹那、寒気がして、急に吐き気が来た。体が痺れる。
頭の中身がスルっと抜き取られるような感覚が襲う。
「……⁉ え?」
なんだここは。
まったく知らない場所だった。
遠くに巨大な炎の海が広がっているのが見える。
業火から噴き出される黒々とした煙がこちらにまで漂ってきて、むき出しになった腕に汗と煙の粒子でかゆみを感じた。
夜のかすかな肌寒さに、謎が脳みそを支配する。
困惑の雲を必死に取り払い、頭を回転させようとするが、どうにも動かない。
なんだ、なぜ俺の両手は角ばっている。
なんで俺は一人でこんなところにいるんだ。
漠然とした不安を感じながら揺らめく朱いプラズマをぼーっと眺めていた。
その時だった。
突然体が浮いたかと思えば、体が足元から水色の液体になって溶けだした。
いや、液体ではない。よく見てみると糸状のそれは微細なブロックの集合体である。奇妙な水色透明のブロックの川が、極細になって遥か彼方に流れ出す。
肉体と空気の境界線があいまいになり、神経が途方もなく遠いところまでいきわたっているのが分かった。
恐怖が身を包むが、同時に、それよりも大きい得体のしれない
声など出せない。俺の体からは声を出せる器官が消滅していた。
目は見えた。もう多分明け方に近い。空の一部が紫がかっている。
ふと、自分の意識の塊のようなものが構築されていることに気が付いた。
俺は何の抵抗もなく、何かに促されるかのようにその方を向いた。
薄く極細の糸のような俺の体がその場所まで確実に伸びている。
だが目ではブロックの塊は見られなかった。地平線の向こう側らしい。
その真上には沈みかかる月。
反対側から降り注ぐ陽の光を見る前に、俺の意識は無くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます