第6日目 小さくなった自分 推奨背景色:白

 小さくなった私を見て驚いた。


 スキンが完全にそれだ。

 ショートの金髪に薄紫の瞳。

 オレンジ色のパーカーと明るい灰色のジーンズ。

 パーカーのしたにはきちんと作り込まれたTシャツがあり、ジーンズの上からは黒い靴を模したものが足元にある。


「どうしたのそんなちっちゃくなってぇ」


 その小人は棒を持っていた。

 私の混乱をよそに棒でこう書いた。


 say open!


「……、開けと言え?」


 すると、突然視界が暗くなる。

 いや、暗くなるというか、正確には目に黒い半透明のフィルムが被せられたような感じ。


「え、? 何これ」


 突然、宙に浮いた白い石板が現れた。

横に九つ、縦に四つの綺麗に敷きつめられた正方形のくぼみが、石版の下半分大きなスペースをとっている


 また、その石板には左上の位置する同じ大きさの正方形の窪みと、その横にぽっかりあくただただ黒い奥行きのある箱のような空間。同様に右上には、これまた同じ大きさの正方形が縦横ニマス空き、四つ窓を形作っている。


 そう。見慣れたあのインベントリである。


「開いた。開いた! やった!」


 思わず歓喜の声をあげるが、何か違和感がある。


「動けない……?」


 体が硬直した。

 指一本さえ動かせない。

 どうする。


 次々にやってくる困難に頭がいたくなる。

 声を出すことはできる。


「じゃあ、閉じろって言えばいいのかな?」


 そう口にした瞬間、硬直から解放され、インベントリは視界から消えた。


「はぁ……」


 やっと開き方が分かった。

 簡単なようで、考えもしなかった行為。


「開けと言う……」


 すると再び開いた。


 インベントリには土ブロックが約半スタック、種、アカシアの原木、棒が収納されていた。

 入手しても使えなかったものたちだ。


「やっと……、やっとだ。やっったあああああ!!」


 ついに本格的に始められる。

 サバイバルが。


 ていうか分かりにくすぎない?

 私じゃなくても絶対わからなかったってこれ。

 小さい私が教えてくれたからいいけどさ。


 そこでインベントリの黒い空間に誰も居ないことに気づく。


「そういうことね」


 理解して呟いたとき、小人は本来の位置に戻ってきた。


「ありがとう」


 お礼を言うと、小さい私はニコッと笑った。


 夜はいずれ来る。

 早めに作業台といくつかの道具を作っておこう。


「あっ!」

 台をつくってインベントリを閉じると、今の自分の状態がわかるステータスバーの表示が出ていた。


「こんな律儀なシステムまでつくって……。私の夢すごいな」


 しかしここは本当に夢なのだろうか。

 二日目突入する夢ってなかなかないよね……。


 ――――――――――


 このクソみたいな現状を打破するため、一刻でも早く現実世界に帰るため、エンダードラゴンの討伐に向けて、俺は動き出した。


 マイクラの全ての要素の根幹をなす要素。

 原木の伐採を始めた。


 とりあえずびくともしない白樺の成樹を木二本分殴り壊した。ジャンプしても壊せない位置にある原木は、持っていた土を足場にして壊した。


 そのうち二つを縦に並べ、四本の棒をクラフト。

 中列下段と中列中段に棒を置き、上段全列に木材。


 自身の倍ほどもある道具を振り回していいるのにも関わらず、全然こいつは重そうにしていない。


 そんなに軽いのかとコメットが使ってない金槌を持ってみようとしたが。

 逆に俺が地面に引っ張られてるみたいにびくともしなかった。


 その様子を見てコメットはなぜか俺の方をキツく睨みつつ、金槌をいとも簡単にかついだ。

 - 作業台の事は俺に任せてお前はさわるな -

 そういうことなんだろう。


 小さい俺―コメットと呼ぶことにした。コメットは作業台の上で、俺が持ってくる素材を前に作業台の側面に取り付けられた道具類を肩に担いで息巻いている。


 最初こいつが出てきたときには驚いた。なんとなく周りの土地環境に対して「開けた場所だなぁ」と呟いたところ、いきなりインベントリが目の前にぬっと現れて、同時に小さい俺もひょこっと外に出てきた。

 

 また、インベントリを閉じると九つの正方形の空間に、持っている資材が表示されるホットスロットバーと共に空腹ゲージとHPを表すハートの列も視界の下に出現した。

 もう完全にサバイバルモードの仕様だ。

 これで生身の肉体で、周りが異様ににリアルで、死んでも自動リスポーンされるんだからたち悪いよなぁ。


 ホットスロットバーの扱い方はインベントリと同じような仕様で、一番左の空間に表示されている資材を右手に持ちたいときは「いち」、真ん中の資材を求めるなら「ご」と発音する必要があった。

 ていうか、これがいわゆるVR空間への誘拐、みたいな超未来的な犯罪なのだとしたら、この空間の開発者は日本人か。

 大陽が開発者を知ったら発狂もんだろうなぁ。


 そして、コメットは木材をノコギリで削り始めた。小さいコメットがノコギリを巧みに操ってギコギコしているところはほっこりするような場面ではあるのだが、でかい一メートル四方の白樺の板材からつるはしのあの形に持ってくのか。と考えると「こりゃ時間かかるぞ」と心のなかでそっと思って、少し気が遠くなった。


 と、思ったのも束の間、コメットの動きがだんだん速くなっていることに気がついた。


 ノコギリを動かす速度も、板材によじ登る速度も、みるみるうちに速くなっていく。


 さらにコメットの動きは高速化し、傍から見ている俺のところまでフワッとそよ風が来るようになったくらいに、加速している。


 そうこうしているうちにもみるみる形が近づいていく。


 もはや残像すら見えるようになってきた速度のなか、俺は見た。


 渡した二本の棒のうち、一本は持ち手として、もう一本は加工した木材二つを繋ぎ合わせるために使われている。

 そして板材三つ目は、これもまた丁寧に加工されて握りやすいような持ち手の部分、また、フォルムができかかっているつるはしの脆弱性がありそうなところに、一部補強材として使われている。


 なんだお前。そんな技術どこで身に付けてたんだよ。


 そしてコメットが出来た道具を俺に差し出した。

 木のツルハシの完成だ。


 俺はインベントリを開いて仕事が終わったコメットをもとの定位置に飛び込ませる。

 コメットが作り終えた木のツルハシを手に持ってみたところ、おお、これは。

 木材だけで作られたツールで、こんなので岩山を削ったらすぐに折れてしまいそうではある。が、いい質量だ。手元の柄も生木ではなく滑らかに整えられている。手に馴染む、いいツール。まるで修学旅行で買った木刀のような。本当に感触はそこに近い。


「ありがとうな。最高だぜこれ」

 俺が礼を言うと、コメットはにかっと明るく笑った。


 すぐそばにそびえ立つ激闘を繰り広げた山の側面で石ブロックと、運良く石炭まであったので新品のツルハシで回収した。


 すぐに剣を作って動物を殺して肉をむさぼりつきたい。


 顔を上げ、視線を前に持ってくる。

 そこには、のんびりと草を食べては歩き、また草を食べ続ける動物たちがいる。

 羊。


 目の前で今にもよだれを垂らしそうになっている俺の事など、羊たちは全く警戒していない。

 別に信頼の目を向けている訳じゃないだろう。

 なんの目も向けてない。

 無関心。


「こいつらを……殺すのか……。マジか……」


 ふとこちらに顔を向けた一匹の羊のつぶらな瞳を見た途端、俺は胸を締め付けられるような感覚に陥る。


「こいつらを殴り殺すのはちょっと無理だな」

 石の剣でも作って一息に逝かせてやろう。


 俺はコメットに棒と採掘した丸石を手渡すと、コメットがまたもや高速で石の剣へと素材の姿を変えた。

 そしてコメットは完成した石の剣を満足そうに眺め、一仕事終えた額の汗を拭った。


 コメットは作業台の上で作り上げた石の剣を俺に手渡す。

 俺は驚愕した。とんでもない重さである。

「お前……! ヤバいな!」

 考えてみたらそうだ。こんな巨大な石を研いで加工された棒にくくりつけただけの石器時代の兵器に毛が生えたような武器。確かに威力は高いのだろうが……これヤバいな……。

「コメット、お前が戦った方がいいんじゃねえのかこれ」


 石の剣を作った後、一旦手持ちのアイテムを確認しようと再度インベントリを開くと、嫌でも回収した腐肉が目についた。


 一瞬昨夜の出来事が頭をよぎり、大きなため息をつく。


 するといつの間にかインベントリから再び出てきた小さいコメットが俺の肩に乗って首をポンポンと優しく叩いた。

「ありがとう。元気もらえるよ」



「ていうかちょっと待て。お前ってそんなちょいちょい出てくるの?」

 訪ねると、そいつは声は出さずにうんうんと首を大きく縦に振った。

 笑顔で。

 めっちゃかわいい。見た目俺と一緒だけど。

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