第5日目 腐肉 推奨背景色:黒

「お腹すいたぁ~」

 うだるように呟いて土のシェルターに向かう。

 が、その周りにはゾンビ、スケルトン、クモの三匹がまるで護衛のように囲んで立っている。

「カラン、カラン……」「シャー……」「ヴゥー……」


「どうしよう……」

 ぼそりと声に出した瞬間、聞こえたのかゾンビがこちらに振り返った。


「おっとっ!」

 すかさず土ブロックを二段積み上げて身を隠す。

 呻き声に変化はないので、気づかれていないようだ。


「危なかった~」

 今の反射神経は我ながらすごかったと思う。

 ホッと胸を撫で下ろし、この作戦でいくことに決めた。

 土ブロックは昼間地面をえぐりまくったので大量にある。


 速まっていく鼓動。

 敵を観察しながら、タイミングが良いときに土の柱から飛び出す。

 新しく積み、身を隠す。


 それを繰り返し、徐々にシェルターの入り口に近づいていく。

 観察しているととてもよくわかるのだが、敵は歩き方やしぐさは本物の生き物みたいだ。

 ゲームのように機械的ではない。


 スケルトンは生物じゃないって?

 うん、そうだね。


 しかし動きはそれらしくても頭脳はゲームのままらしい。

 謎の土が次々と積み上がっても何ら疑うそぶりを見せない。


 でも油断はできない。

 一度気づかれ攻撃を受けたら、空腹もあるから多分逃げ切れない。


 最後まで慎重に移動し、十分シェルターに近づいたところでさっき掘った穴に一気に滑り込む。

「ふぅ!」

 自分の拠点に戻るのも一苦労だ。


 地下からの道を通り、顔と共に下げた視線を上げると、目の前にはスケルトンがいた。


「……? ……、は!?」


 完全にスケルトンがシェルターの中に入ってる。

 相手はこちらに気がついた瞬間私に狙いを定める。

 だが、ロゼッタは冷静になった。


 逃げてもどうせ間に合わない。

 ここは、潔く殺されるふりをして逆に見逃してもらうのはどうだろうか。


「私を殺すんでしょ? でも、私が死んだとしてあなたになんの得があるの? 別に良いんだけどさ」

 そうスケルトンに投げかけ、土ブロックを置いて腰かけた。

 別に殺されたって。たぶんマイクラならリスポーンできるし。痛いのは嫌だけど。どうせ夢だし最悪殺されてもいいでしょ。


「お腹、減ったなあ」

 矢を構えるスケルトンから視線をはずし、また、呟く。


 するとそいつは、何を思ったか私から外に標準を変更する。

 私の潔さに殺しがいがないと感じたのだろうか。


 やった、狙い通り決まった。

 だがなにも悟られないように表情は固める。


 さらにそいつは窓を通してそのまま射った。

「えっ!?」

 予想だにしていなかった行動に思わず声が出る。


 外のゾンビに当たる。

「アウッ」

 ダメージを受けたゾンビは反対を向いていたが、クルッと頭だけこちらを見る。

 人間では絶対に回らない角度。


「ウアガァァッ!」

 すごい気迫でこちらにダッシュしてくる。

 しかし、ゾンビの目線は私ではなく同じくシェルターの中にいるスケルトンに向いている。


「え、なに!? なにやってんの!?」

 私を攻撃してこない事はとてもありがたいが、スケルトンの行動が唐突すぎて怖い。

 とばっちりをうけないように土で全方向の窓を埋める。

 すると月明かりが全く入ってこなくなったが、そのままにしておいた。


 ゾンビとの喧嘩のためかスケルトンはシェルターの外に出ていった。

 私はスケルトンが自分を攻撃しないと判断し、そいつの後ろからついていく。


 カランカラン鳴らしながら歩いていたが、突然歩みを止めた。

「わっ!? なに、どうしたの?」


 しかしスケルトンはその問いには答えず、弓で私を制する。

 表情は真剣で「外に出るな」と言っているように思えた。


 近くで顔をみると、立体的で、マイクラのプレイヤーがそのまま白骨化したみたいだ。

 でも、眉毛は動く。

 というか、そもそも眉毛ある。


 私はそいつが伝えたいことを何となく理解し、シェルターの中にいることにした。


 地下の通路を通ってスケルトンが出ていったあと、入り口を塞ごうと考えた。

 しかし、やめておいた。


 二体の状況に耳を済ませる。――。


 カラン、カランという音が聞こえ始めた。

 戦ってる。

 アウッというゾンビの声も聞こえる。


 その音は数十秒続いたのち止み、辺りは再び夜の静寂に包まれた。


 こうしてシェルター内をみると、やはり松明一本すらないので超暗い。

 月明かりが差してこれより少し明るいくらいだから、モンスターが沸くのは当たり前だ。


 しかし、本当にどうしたら良いのだろうか。

 インベントリの開きかたなんて、検討もつかない。

 このまま餓死するのはごめんだ。


 本気でどうするか悩んでいると、スケルトンが戻ってきた。

 不思議と危機感はなかった。

 その代わり、何やら腐ったような臭いが漂ってきた。

 私は思わず鼻をつまむ。

(鼻という部位はあるが、小さすぎて見えない)


 暗い中でも白く目立つそのモンスターがこちらに腕を伸ばすと、どうやら何か持っている。

 目を凝らしてよーく見ると、腐肉だ。

 通称ゾンビ肉。


 認識した瞬間、激臭が周りを漂う。


 しばらく見ていると、スケルトンが腐肉を前に出す。


「え、食べろってこと?」


 スケルトンは頷いた。


 え、ええ……、えええぇぇぇっっ!?


 ホントに? ホントに言ってんの?

 これ? これ食べるの?


 いやきっと私がお腹減ったなぁっていったから持ってきてくれたんだろうけど、ええ……。


 だってこの激臭の原因でしょ?

 無理だって。


 ゲームでも見るからにやばかったが、今この世界で見ると、なんていうか、アイテムの配色?はゲームと同じなんだけど、生々しさがある。


 しかも今倒してきたやつの肉だよね、それ。

 落とすのは仕様なんだけども、グロくない?


 もっと、こう、せめて、豚とかさ、羊とかの動物を仕留めてきてほしかったなあ。

 なんだろう、モンスターはモンスターしか殺せないのかな。


 それでもスケルトンはそれをすすめてくる。


 たしかに、空腹度はすでに限界に近いだろう。

 だけど、これを食べたら人として終わりだと思う。

 だってこれカラスが食べるやつじゃん。


「でも……」

 食べなきゃ死ぬ。


「でも……」

 食べたくない。


 食べなきゃ死ぬ。


 食べたくない。


 食べなきゃ死ぬ。

 食べたくない。


 社会的な立場や今まで生きてきた中で育ってきた理性が、強大な三大欲求である私の中の食欲のモンスターとせめぎ合う。


 そうしてさんざん葛藤した末――。


「ああ! だいぶ楽になった!」


 食べた。

 食感が気持ち悪すぎて何度も吐きかけたが、スケルトンに救われた命だ。そう簡単に死ぬわけにはいかないと、理性を一旦破壊して飲み込んだ。


 腐肉は、確率で吐き気の状態以上が付与される。

 しかし、私は運良くそれにかからなかった。


「ありがとう」

 お礼を言うと、スケルトンはカランと骨をならして頭を掻いた。

 よくみると、腕やあばらに傷がついている。厳しい戦いに勝利した証だ。

 優しすぎる。こんなモンスター居るんだ。

 私は心からもう一度ありがとうを言った。


 私はちょっと元気になった。

 シェルターに再び窓を作る。

 土ブロックを掘った瞬間――。


「わっ!」

 強い日差しが入ってきた。

 朝だ。


 もう一ブロック掘って外に出る。

 外にいた骸骨は焼けて消えている。

 骨が落ちている。

 クモは燃えずにカサカサ動いている。

 夜じゃないから敵対しない。


 もう私に攻撃してくる者は居ない。

 とりあえず、一日目の夜は乗り越えた。

 スケルトンの協力もあって繋ぎ止めた命だ。

 簡単に失うわけにはいかない。


「だけど……」

 まだ重大な課題がある。


「インベントリ……」

 これが開けなければどうすることもできない。


 しかし、いざというときのために土を掘ることはできる。

 私はシェルターの周りに堀を作ることにした。


 後ろを振り向き、地面に目を落とす。


 ん?


 何かいる。


 小さい、人……?


「……、私……!?」


 それはずいぶん小さくなった自分だった。

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