最終話【⠀】

時が経ち、私は高校を卒業した。

調律の資格を取るため、試験を受けて無事合格。

有名音楽企業にピアノの調律師として無事就職。

ここまではよかった。




でも不幸は突然やってくる。

今日はピアノ教室をしている家に調律に行こうと、荷物をまとめていた。

地面が突然揺れだし、段々と揺れが大きくなる。

私が体験した地震の中で最大の揺れだった。

周りの建物は崩れだし、私の務める会社の棚なども倒れだした。

すると突然、私の上にあった照明が落ちてきた。

突然のことに驚き、呆然として逃げ遅れた。

右腕に照明の割れたガラスが刺さり、さらにその上に棚も倒れてきた。

右腕がちぎれたような感覚がした。

でも、痛みよりも衝撃が先に来て、私は意識を失った。




起きたところは病院だった。

でも、意識を失う前との違いはそれだけじゃなかった。

右腕の肘から下が無くなっていた。

訳が分からなかった。

現実を受け入れられなかった。

私の隣には、相変わらず連絡をとっていたみーくんが居た。


「やっと起きた、よかった。」


私は首を横に振る。

良くない、何も良くない。


『...良くないよ。何が良かったなの?右腕...』


私は思わず涙を零す。


「右腕、利き手だし義手つけるのを勧めるって。」

『なんで、なんでそんな簡単に言うの?義手なんかつけたって、日常生活はしやすいかもだけどさ、ピアノに傷が付くから弾けないんだよ。仕事だって辞めることになる。なんで、なんで私はいつもこうなの。好きなものができたら、楽しいと思える、のめり込むくらいの楽しいと思えることができたら、すぐに私の元から消える。なんで...。』

「右腕、義手になったら好きなだけ使えるんだよ。今まで負担にならないようにしてたけど、それも気にしなくてよくなる。プラスに捉えようよ。」


みーくんの言うこともわかる。

みーくんもきっと、プラスになることを考えないと、プラスになることを私に言わないと、私が壊れるって、きっとわかってるんだと思う。

でも...


「おとちゃん、楽譜、書かない?俺、作曲家になりたくて、いい曲吹けても、楽譜に書き起すまで覚えてられないんだよね。だから、おとちゃんに書き起こしてもらいたい。俺さ、これだけ音楽やってるのに絶対音感とかないからさ、録音しても分からなかったりするんだよね。だから、おとちゃんにやって欲しい。」

『...やりたい。』

「本当?!」

『でも...でも怖い。次はみーくんがいなくなるんじゃないかって。フルートもなくして、調律もなくして、次はみーくんをなくすの?やだ、絶対やだ。みーくんはなくしたくない。みーくんとは、ずっと一緒にいたい。』


どんどん涙が溢れてくる。

声が震える。

みーくんは私を包み込んだ。


「大丈夫、大丈夫。俺はいなくならない。ずっとおとちゃんのそばにいる。だって、俺もおとちゃんとずっと一緒にいたい。だから、俺は絶対いなくならない。約束する。」

『でも、もし不本意で、事故、とか遭ったら?私のせいで、みーくんに不幸があるかもしれない。』

「だとしても、おとちゃんがいなくても事故とか遭う可能性なんていくらでもあるんだから、それなら何かあるまで、死ぬまでにおとちゃんと一緒いたい。おとちゃんと一緒にいれないで死ぬほうが嫌だ。」


私は泣いて泣いて、声が出せなかった。

みーくんは私が落ち着くまで待ってくれた。


『ほんとにいいの?』

「うん。俺はおとちゃんのそばにいたい。ずっと。」

『ありがと、ありがとう。うん、私も。私もみーくんといたい。』




その後、退院して義手をつけた生活を送ることになった。

義手は重くて最初は上手く動かせなかったけど、今はもうだいぶ自由に使える。


みーくんが吹く音を五線譜に書く。

曲によってはピアノ伴奏の楽譜も書いてみーくんに提案する。

仕事が終われば、一緒にご飯を食べに行く。

そんな毎日だ。




今まであった不幸が幸福になって帰ってきたような毎日。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

からっぽ 榮樂佳那多 @strange_01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ